新納一哉さん、ゲーム開発にかける想い「やりたい気持ちに、ウソをつきたくない」
2020.07.29
生活・趣味
2023.08.29
第24回記事「ひとが育つまち・6—ふるさとは「ひと」(6」はこちら
この記事を書いた人
牧野 篤
東京大学大学院・教育学研究科 教授。1960年、愛知県生まれ。08年から現職。中国近代教育思想などの専門に加え、日本のまちづくりや過疎化問題にも取り組む。著書に「生きることとしての学び」「シニア世代の学びと社会」などがある。やる気スイッチグループ「志望校合格のための三日坊主ダイアリー 3days diary」の監修にも携わっている。
第24回記事で、島根県益田市・豊川地区にある公民館が、地域自治組織と学校とが結びつく交流拠点となったことを述べました。公民館が地域自治組織と学校とを連携・協働の関係にし、子どもとおとなを結びつけると、地域と学校とが相互に影響し合い、公民館そのものでもあるような相貌を見せるようになります。たとえば、豊川地区では、次のような活動が生まれ、住民の手によって次から次へと新たな動きがつくられています。
これは、益田市の「マスダひとまちカレッジ」で行われた「お茶ワークショップ」の発展型です。学校に常駐している社会教育コーディネータが地域と学校とを結ぶ形で、学校のコミュニティルームを拠点に実践が繰りひろげられているもので、子どもや住民がお茶を題材に、地域のさまざまな資源をめぐって地域への理解を深めるとともに、まちおこしにつながる資源や「ひと」を探し、次の実践へとつなげようとする取り組みです。この取り組みでは、たとえばお茶油絞りに取り組むときには、地元の腕に覚えのある人が油絞りの機械を製作するなど、プロセスのほとんどが手弁当で担われています。
子どもたちも参加して、お茶をめぐる地域社会の営みを学ぶとともに、摘んだお茶を家庭に持ち帰って、家族の間で話題にして、お茶のある生活を家庭の中に浸透させていくことにもなっています。
また、たとえば参加者が摘んだクロモジ茶を乾燥させて、ティーバッグに詰め、文化祭などで販売することで、活動資金を蓄え、それが住民から好評を博したため、いまではこれらの資金を基金として、地域にもともとあって、いまでは廃れてしまった茶畑を復活させるプロジェクトへと、住民主導で動いています。この過程で、必要な知識や技術を先達から学び、「人材を発掘し、育成し、活用する」というサイクルが実現しているのです。
この活動からはさらに、「マスダひとまちカレッジ・とよかわキャンパス」の事業として、地区の空き地を活用して、果物を苗木から育てて、地元の財産にしようという「シェアフルーツガーデン」の実践がスピンアウトして動いています。
さらに、「とよかわの未来をつくる会」の「魅力づくり部会」の事業として、市の空き家・遊休地活用事業とも連携して、古民家の活用の取り組みが進められています。そのうちの一つが、「とよかわの家」の整備と活用です。
この事業は、行政的には空き家の活用であり、市の空き家バンクとタイアップした移住・定住促進事業ですが、豊川地区としては、これを地域自治組織である「とよかわの未来をつくる会」の「魅力づくり部会」が担うことで、空き家の調査・改修・活用を進めて、地域の中に眠っている新しい人材を発掘し、育成し、さらに活用して、次のまちづくりへとつなげる事業でもあります。
この事業は当初は、「とよかわの未来をつくる会」に配置されている魅力化応援隊員が実務を担いつつ、公民館が週末ワークショップを組織して、空き家の改修と活用について住民の意見を募り、さらに実際に改修作業を進める担い手を集めて、実践を進めたのですが、後に豊川小学校の総合の授業とも連携して、子どもたちの意見を聞きつつ、子どもたち自身が改修にもかかわるという取り組みとして実践化されま した。
「とよかわの家」の整備は、とてもゆっくりとしたものでした。公民館が「とよかわの家」の漆喰塗り体験教室を開き、小学校では子どもたちが「障子貼り」体験をしたりし、このお試し居住体験住宅の名前を中高生のグループ「とよかわっしょい」にお願いして「とよかわの家」と命名してもらったりと、とにかく地域の老若男女がかかわることにこだわって整備が進められたのです。そして、看板も、木工加工が得意な人、デザインに関心がある人、塗装をやってみたい人などなどがかかわって製作したものが、門前に立てかけられています。
しかも、整備の過程そのものが空き家活用の実践もあったのです。子どもたちが学校単位で「とよかわの家」を訪れては、ラテアートの体験をしたり、クリスマスケーキづくりに勤しんだり、そして実際にクリスマス会を開いて、みんなで交流したりし、その上で、この家を使った感想にもとづいて、改修案を提案して、実際に子どもたちが内装の改修に着手するのです。おとなたちも「お茶飲み会」を開くなどして、活用しつつ、修繕を繰り返す形で、「とよかわの家」が整備されていきました。いわば、日常生活を送りながら、住人が少しずつ手を入れて、家屋が変化していく、そういう改修の仕方なのです。
こういう家には完成はありません。常に手が入れられ、どんどん進化するのです。それはまた、まちづくりにも通じるものだといえます。地域と学校が結びついて、全体が公民館のようにして進化し続けるのです。
こうして、地域全体が公民館のように進化し続ける道具立てが整えられたのが、2017年から2020年までです。これを地元の人たちは豊川地区まちづくりの第二フェーズだといいます。
では、第三フェーズはどうなっているのでしょうか。これまでの取り組みで、おとなたちとかかわりを持って、動くことが楽しいことを身を以て体験し、それを学校全体で共有 する経験を続けてきた子どもたちが、どんどん動き出して、地域へ展開するようになったのです。
たとえば、「とよかわの家」を活用した、子どもたちがホストとなって、地域の人たちと交流する催しがあります。「中世益田発祥の地「豊川」を感じる—とよかわの未来をつくる会×豊川小学校—」です。豊川地区が中世益田氏発祥の地であり、さまざまな文化の蓄積のある地区であることを学んだ子どもたちが、「とよかわの家」を舞台にして、学んだ成果を発表したり、また総合的学習の時間で学んだお菓子づくりや地元の名産・水引づくりなどを活かした商品販売などを行って、「とよかわの家」の活動資金集めに一役買ったりするなど、子どもたちの発想を大切にした取り組みが繰り広げられています。【写真8】【写真9】はその一場面です。
また、豊川小学校5・6年生13人による「まちづくりプラン」の作成があり、そこで提案されたプランをすべて実現する活動なども行われました。それには、「とよかわの家」をもっと知ってもらうための活動や、豊川地区にある久々茂遺跡ウォーキング、長期休暇中の学びの場を設ける「とよかわ寺子屋」、地域で子どもたちの交流を深めるための水遊び、そして地域に伝承されている水引を用いたアクセサリーづくりなどがあります。また、「とよかわの未来をつくる会」が地域の高齢者を含めた住民の利便性を高めるために購入したワゴン車の命名とロゴマークづくりも、彼ら子どもたちが担当しました。名付けて「とよかワゴン」。そのロゴマークは【写真11】のとおりです。
この子どもたち、人呼んで「やる気いっぱい13人」です。
小学校を中心に展開したまちづくりの実践は、学年進行で、ごく自然に中学校や高校へと展開していきます。「とよかわの未来をつくる会」は、豊川小学校の卒業生が進学する益田東中学校と連携して、総合的学習の時間を活用した「ローカルプロジェクト」を展開しています。その一環として、子どもたちの地域活動を後押しする取り組み「益田東中学校6かる(ローカル)プロジェクト」があります。
これは、「益田版カタリ場」とは異なった角度から、地域のおとなたちが子どもたちの中に入って、自分の人生や地域の取り組み、そして課題などを語りかけ、子どもたちが実際に地域に入って活動することを促し、子どもたちと一緒になっておとなも地域活動を行う取り組みです。この過程で、子どもがおとなを尊敬し、おとなが子どもを尊重するというかかわりが生まれ、それが次の世代の地域の担い手育成につながることが期待されています。まさに、「とよかわの未来をつくる会」が掲げるスローガン「ほしい未来は、自分たちでつくる」を地で行く、「人材の発掘、育成、活用」のサイクルがつくられようとしているのです。
「6かるプロジェクト」の「かる」とは、「つかる・わかる・とっかかる→つながる・みつかる・わきあがる」の語尾をとったものです(※)。
※「令和3年度 第2学年 総合的な学習の時間 計画 「6かるプロジェクト」」(益田市教育委員会提供資料)
このプロジェクトから、たとえば「とよかわの家」が奥まったところにあって、経路がわかりにくいという話が出たことを受けて、子どもたちが案内板をつくって設置するという活動が生まれました。子どもたちが、地元のおとなの指導を受けて、実際に案内看板がつくられ、地区内の辻に掲げられています。
さらに、中高生の地域活動グループ「とよかわっしょい」がとよかわの家の前に秘密基地をつくりたいといいだし、これもおとなたちの手を借りながら、「ツリーハウスづくり」として、動いています。
「とよかわの未来をつくる会」の活動もすでに5年を経過して、彼らの言葉で第三フェーズに入り、どんどん地域活動が展開しています。そこでは、子どもたち自身が自らの発案で動き、それをおとなが支えつつ、ともに認めあう関係がつくられています。こうして、子どもとおとなとがいわば対等な関係で地域で楽しいかかわりをつくり、それがまた子どもたちの地域活動を促し、おとながさらにかかわりを深めようとするという好循環をつくり出しています。
しかも5年も活動を続けていると、中学校時代に地域のおとなたちと深いかかわりを持った子どもたちが大学生になっています。この彼らは、地元に大学がないため、地元を離れていますが、ことある毎に帰省しては、「とよかわの未来をつくる会」の活動に参加して、後輩たちとも交流を続けています。
地元で子どもとおとなとが分け隔てなくかかわるだけではなく、地域活動が子どもたちの世代をつなぎ、それが場所をも越えて連なっていくの です。このことが、後述するUJIターンとくにIターン者の増加と彼らの活躍とも深くかかわっているようです。
こうして、公民館が媒介となって地域と学校が結びつくことで、さまざまな活動が生まれ、それが子どもたちを巻き込みつつ展開する中で、子どもたち自身が企画を立て、おとなの協力を得て、活動を進め、それがまた学校教育ともかかわりを持ちつつ、学校を地域に開くとともに、地域が子どもを育てる苗床のようになって、地域と学校の間を子どもたちが行き来する円環が描かれることになります。
しかも、地域と学校という空間的な円環が描かれるだけではなく、その空間的な円環の中には、子どもとおとなが相互に尊重しあう関係でつきあうという意味での世代間の交流がうまれ、さらに、活動を継続することで、それが子どもたちの中に、学年進行による、相互の交流が生まれ、地域活動が引き継がれていくというプロセスが生み出されることになっています。
地域社会の空間と時間が相互に循環しあいながら、常に新たな活動を生み出しつつ、それぞれの担い手が自らを新たにし、また新たな担い手を発掘し、育て、お互いにかかわりあって、まちづくりを豊かな活動に彩られるものへと展開するという動き、つまり地域社会の時空間が人的に代謝し続ける動き、それこそが地域社会である、とでもいうべきものとして、この豊川地区が形づくられることになっているといってよいでしょう。
それはまた、たとえば豊川小学校のコミュニティスペースを「とよかわの未来をつくる会」のおとなたちが使って、昼は学校、夜はおとなの学び舎とするだけでなく、「とよかわっしょい」の中高生たちが自分の母校を活用するかのようにして、活動の拠点とする動きへとも結びついています。
そして、このように学校が活用されることで、豊川小学校は益田市の地域学校協働のモデル校に指定され、第22回記事に既述のように、益田市は地域が学校にかかわり続ける限り、子どもが減っても学校を統廃合しないことを決定することとなります。ここに、地域と学校とのかかわりのあり得る姿を見ることができます。
しかも、この過程で、地域自治組織と公民館とが「ひとづくり」を基盤として、融合し、地域社会の時空間そのものが自律的に代謝する人的な一体化、つまり「学び」の「場」として形成されていくのです。第三フェーズ、進行中です。
(次回につづく)
\ 人生100年時代の社会のグランドデザインを描く/
\ 最新情報が届きます! /
牧野先生の記事を、もっと読む
連載:子どもの未来のコンパス
#1 Withコロナがもたらす新しい自由
#2 東日本大震災から学ぶwithコロナの中の自由
#3 Withコロナで迫り出すこの社会の基盤
#4 Withコロナがあぶりだす「みんな」の「気配」
#5 Withコロナが呼び戻す学校動揺の記憶
#6 Withコロナが再び示す「社会の未来」としての学校
#7 Withコロナが暴く学校の慣性力
#8 Withコロナが問う慣性力の構造
#9 Withコロナが暴く社会の底抜け
#10 Withコロナが気づかせる「平成」の不作為
#11 Withコロナが気づかせる生活の激変と氷河期の悪夢
#12 Withコロナが予感させる不穏な未来
#13 Withコロナで気づかされる「ことば」と人の関係
#14 Withコロナで改めて気づく「ことば」と「からだ」の大切さ
#15 Withコロナが問いかける対面授業って何?
#16 Withコロナが仕向ける新しい取り組み
#17 Withコロナが問いかける人をおもんぱかる力の大切さ
#18 Withコロナで垣間見える「お客様」扱いの正体
#19 Withコロナで考えさせられる「諦め」の怖さ
#20 Withコロナ下でのオリパラ開催が突きつけるもの
#21 Withコロナで露呈した「自己」の重みの耐えがたさ
#22 Withコロナであからさまとなった学校の失敗
#23 Withコロナの下で見えてきたかすかな光・1
#24 Withコロナの下で見えてきたかすかな光・1.5
#25 Withコロナの下で見えてきたかすかな光・2
連載:学びを通してだれもが主役になる社会へ
#1 あらゆる人が社会をつくる担い手となり得る
#2 子どもたちは“将来のおとな”から“現在の主役”に変わっていく
#3 子どもの教育をめぐる動き
#4 子どもたちに行政的な措置をとるほど、社会の底に空いてしまう“穴”
#5 子どもたちを見失わないために、社会が「せねばならない」二つのこと
#6 「学び」を通して主役になる
新着コンテンツ