やる気レポート

【連載】子どもの教育をめぐる動き|特別寄稿:学びを通してだれもが主役になる社会へ(3)

2019.08.4

毎週日曜日更新
いま、私たちの社会は、たえず移り変わっています。不透明な未来社会。その実体をつかむのは容易ではありません。
東京大学・牧野 篤 教授は、これから向かっていく社会を「だれもが主役になる社会」だと考察しています。そこに求められるものとは。現代の本質を切りとり、これからの教育の可能性を語り尽くします。

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学びを通してだれもが主役になる社会へ
――これからの子どもたちの学びを考えるための断想――


#1 あらゆる人が社会をつくる担い手となり得る

#2 子どもたちは“将来のおとな”から“現在の主役”に変わっていく

#3 子どもの教育をめぐる動き

#4 子どもたちに行政的な措置をとるほど、社会の底に空いてしまう“穴”

#5 子どもたちを見失わないために、社会が「せねばならない」二つのこと

#6 「学び」を通して主役になる


3
子どもの教育をめぐる動き


 

混沌の度合いを深める学校

 

学校をめぐる動きが急です。2020年から実施される新たな学習指導要領にもとづく教科書検定の結果が公表され、小学校教科書の平均ページ数は全教科で増加し、全体でも従来よりも約1割の増加となりました。質も量も求めた結果だといいます。また、世代交代によって若年化が進む教員に配慮して、指導法などについても丁寧に事例紹介がなされることとなり、質も量も求める反面で、指導のあり方の画一化が懸念されてもいます[1]。さらにここに、教師の多忙化を背景とした働き方改革による学校における勤務時間数の削減が重なる[2]ことで、学校をとりまく政策は、相矛盾するものを両立させようとして、一層混沌の度合いを深めているように見えます。


[1] たとえば、『朝日新聞』2019年3月27日付。

[2] 中央教育審議会『新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)』、平成31年1月25日など。

 
 
 

「社会に開かれた教育課程」

 

このような動きの直近の発端は、2015年夏に、中央教育審議会(以下、中教審)教育課程企画特別部会が提出した「論点整理」において、学習指導要領の改訂に向けて「社会に開かれた教育課程」の考え方が提示された[1]ことによると見てよいでしょう。「論点整理」は、2030年の日本社会を見据えて、さらにその先にある豊かな未来を築くために、初等中等教育の果たすべき役割を教育課程の観点から検討することを意図しています。そこでは、予測不可能な未来に生きる子どもたちが自らの人生を培う力をつけるために、学校教育は何ができるのかを検討した結果、教育課程はすでに学校という制度の内部で完結すべきものではなくなり、社会との幅広い連携のもとで、生涯にわたって継続不断に学び続ける力を養うものへと組み換えられなければならないとされました。その理念的な表現が「社会に開かれた教育課程」の提唱なのです。

 

この観点には、とくに急激に進化する人工知能がもたらす知識社会に対応するとともに、格差が広がる社会において、自らの力で人生を切り拓く力を子どもたちに身につけさせることの重要性への認識が反映しています。

 

それはまた、一人ひとりの学びが、自らの生活のみならず、地域やより広い社会に影響を及ぼし、それが自分の生活に還ってくるという関係を意識しつつ、自らが持続可能な社会づくりに積極的にかかわろうとする子どもの育成が急務になっていることと、そのことへの社会的な認識の高まりを背景としています。


[1] 中央教育審議会教育課程企画特別部会「論点整理」、平成27年8月26日。

 
 
 

「次世代の学校・地域」創生プラン

 

この「論点整理」の観点を受けて検討が進められ、同年12月に中教審から出された答申が、いわゆる「教員資質向上答申」「チーム学校答申」「地域学校協働答申」と呼ばれる各答申[1]です。この三者が一体となって学校のコミュニティ・スクール化を推進するとともに、「社会に開かれた教育課程」を実現し、この社会を持続可能なものとして形成していく担い手の育成が図られることとなりました。これらの答申を受けて策定されたのが、2016年1月の『「次世代の学校・地域」創生プラン』です[2]

 

これらの政策の策定過程でとくに強く意識されたのは、2030年を見据えて、来たるべき人工知能時代にあって、現在の職業の約50パーセントが自動化されて人を雇用しなくなるという未来予測や大学卒業生の65パーセントが現在存在していない職に就くことになるという予測[3]、および人工知能に代替されない能力を身につけることの必要性の議論[4]であり、さらにその裏にある格差社会の拡大による子どもの貧困の密やかな蔓延に対する対処のあり方でした。


[1] 中央教育審議会『これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について〜学び合い、高め合う教員育成コミュニティの構築に向けて〜(答申)』、平成27年12月12日、同『チームとしての学校の在り方と今後の改善方策について(答申)』、平成27年12月21日、同『新しい時代の教育や地方創生の実現に向けた学校と地域の連携・協働の在り方と今後の推進方策について(答申)』、平成27年12月21日。

[2] 文部科学大臣決定『「次世代の学校・地域」創生プラン〜学校と地域の一体改革による地域創生〜』、平成28年1月25日。

[3] アメリカ・デューク大学のキャシー・デビッドソンが2011年8月にNew York Timesのインタビューに答えて公表した予測だとされる。しかし、筆者管見の限りでは、その記事を探し出すことはできなかった。関係の記事については、以下を参照のこと。

https://daveporter.typepad.com/global_strategies/2011/08/65-percent-of-todays-grade-school-kids-may-end-up-doing-work-that-hasnt-been-invented-yet.html.

また、イギリス・オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーンがカール・B・フレイと共同で2013年に公表した論文“THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?” (https://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf)で行った未来予測では、現在アメリカにある702の職種のうち、2030年頃にはその47パーセントが人工知能などによって代替されるという。

[4] 新井紀子『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社、2018年。

 
 
 

「体験と言語」の重視

 

人工知能の時代と格差拡大の時代は、既述の「論点整理」やそれぞれの中教審答申が示すように、決して二つの事柄ではなく、むしろ現在のそしてこれからの社会における表裏一体となった課題を指し示しているものと受け止められます。それゆえに、子どもたちには、今後、予測のつかない未来がやってくること、そして自らの責任ではない原因で思いもよらない生活状況に陥ることの可能性を引き受けつつ、従来のような知識を蓄え、競争することを基本とする学びのあり方ではなく、他者とともに、主体的で対話的な学びを展開することで、自ら知識を探求し、価値を創造し、自らの人生を生き抜く力、すなわち人工知能に代替されない力を身につけることが求められ、それが結果的にたとえば貧困状態から、仲間の力を借りつつ、自分の力で脱することにつながるのだと認識されました。それが「社会に開かれた教育課程」の核心であり、その基軸は「体験と言語」、つまり学校内部に教育課程を閉じ込めるのではなく、社会との幅広い連携・協働のもとで、子どもたちに豊かな社会体験の機会を保障するとともに、他者との豊かな言語活動を通して、自分の置かれた状況を認識し、論理的に他者に説明し、共感的に社会をつくっていく論理の力を身につけさせること、このことが求められ、それが結果的に、この社会を持続可能な社会へとつくりだしていくことにつながるととらえられたのです。

 

それゆえに、この観点から重視されるのは、実践の枠組みとしての学校と地域コミュニティとの連携・協働であり、学びのあり方としてのアクティブ・ラーニング、つまり主体的で対話的な深い学びの組織化であり、教員が教育の専門職としての力を発揮できるように保障する働き方改革、つまりチーム学校の実現であり、これらを総合的に体現するものとしてコミュニティ・スクールを構築することでした。

 
 
 

コミュニティ・スクール

 

既述の学習指導要領をめぐる混沌とした状況は、これらの政策の反映でもある一面があり、それはまた現在の日本社会がおかれた混沌とした状態を示しているともいえます。つまり、従来のような工業社会を基盤とした拡大基調の社会がすでに過ぎ去り、人口も経済の規模も拡大せず、むしろ縮小しつつ、社会そのものが多元化し、多様化する中で、人々が自らの帰属を失い、自分の生活の足掛かりをこの社会の中で、他者との協働によってつくらなければならない社会へと私たちが足を踏み入れていることを、ようやく教育政策として取り上げつつ、その対処法を社会に実装することの必要性が説かれ始めたのだといってよいでしょう。その一つの方途が、コミュニティ・スクールであり、従来の社会の人的基盤をつくり、一元的な社会的価値の基礎をつくってもきた学校教育のあり方を、地域コミュニティとの協働関係に置くことで組み換え、地域が学校を支えるのではなく、むしろ地域と学校とがクルマの両輪であるかのようにして、子どもたちを育て、この社会を価値多元的で、人々が互いに支えあいつつ、常に新しい価値をつくりだし、それが次の社会の価値へと展開し続けるような、対話と創造による持続可能な社会づくりへと歩みを進めることなのだといえます。それはまた、一人ひとりの生産性を高めることとつながっています。

 

このような社会では、教育課程は学校内部に留まるものではなく、社会に開かれつつ、未来へも開かれるべきものとして設計されなければなりません。その上、実践的には、質も量も追求しつつ、学校だけに負担をかけないようなカリキュラムの設計となることが求められます。このようなカリキュラムの設計において、子どもたち自身が他者とともに自らの人生を豊かなものへと育み、人生を自分の力で生き抜くことが重視されることとなるのです。学び続ける力を持つことが重要になるのです。

 
 
 

地域コミュニティが焦点

 

これが、「次世代の学校・地域」創生プランの大きな枠組みです。このプランが焦点化しているのが、コミュニティ・スクールとしての「学校」が持つ学区、すなわち地域コミュニティなのです。

 

そして、この実践過程で、明らかになってきたのは、地域コミュニティが学校とともに子どもたちを育成することで、子どもたちが地域の様々なアクターとの相互承認関係を形成し、それが子どもたちの自己肯定感につながるだけでなく、それがさらに学校におけるアクティブ・ラーニングと結びつくことで、子どもたちの学びが主体的かつ対話的に、知識を探求し、価値を創造する活動へと展開し、そのことが子どもたち自身の生きる力へと反映していくという実践的な知見でした[1]。ここから、昨今の議論に見られるように、非認知能力を重視する教育実践と、地域コミュニティにおいて、子どもたちに豊かな社会体験の機会を保障することで、子どもたちと地域のおとなたちとの相互承認関係が生み出され、その関係に支えられた自己肯定感や共感力、自立心や自制心などが育まれることで、子どもたちが自らの力で学力を身につけ、自分の人生を他者とのかかわりの中で豊かにつくりだしていく可能性を重視しようとする動きが生まれることとなったように見えます。


[1] たとえば、吉澤寛之(岐阜大学)「学力とパッションの関係」「CS(地域の教育力)と子どもの関係」(ともに、岐阜市「平成29年度 岐阜市教育公表会「5年先行く岐阜市の教育」」発表資料)。また、埼玉県『調査報告書:埼玉県学力・学習状況調査のデータを活用した効果的な指導方法に関する分析研究』、2018年3月20日、同『調査報告書:埼玉県学力・学習状況調査のデータを活用した効果的な指導方法に関する分析研究』、2017年3月24日など。

 
 
 

(第4回につづく)

#1 あらゆる人が社会をつくる担い手となり得る

#2 子どもたちは“将来のおとな”から“現在の主役”に変わっていく

#3 子どもの教育をめぐる動き

#4 子どもたちに行政的な措置をとるほど、社会の底に空いてしまう“穴”

#5 子どもたちを見失わないために、社会が「せねばならない」二つのこと

#6 「学び」を通して主役になる

 
 
 

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この記事を書いた人

牧野 篤

東京大学大学院・教育学研究科 教授。1960年、愛知県生まれ。08年から現職。中国近代教育思想などの専門に加え、日本のまちづくりや過疎化問題にも取り組む。著書に「生きることとしての学び」「シニア世代の学びと社会」などがある。やる気スイッチグループ「志望校合格のための三日坊主ダイアリー 3days diary」の監修にも携わっている。

 
 

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