やる気レポート

【連載】あらゆる人が社会をつくる担い手となり得る|特別寄稿:学びを通してだれもが主役になる社会へ(1)

2019.07.21

毎週日曜日更新
いま、私たちの社会は、たえず移り変わっています。不透明な未来社会。その実体をつかむのは容易ではありません。
東京大学・牧野 篤 教授は、これから向かっていく社会を「だれもが主役になる社会」だと考察しています。そこに求められるものとは。現代の本質を切りとり、これからの教育の可能性を語り尽くします。

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学びを通してだれもが主役になる社会へ
――これからの子どもたちの学びを考えるための断想――


#1 あらゆる人が社会をつくる担い手となり得る

#2 子どもたちは“将来のおとな”から“現在の主役”に変わっていく

#3 子どもの教育をめぐる動き

#4 子どもたちに行政的な措置をとるほど、社会の底に空いてしまう“穴”

#5 子どもたちを見失わないために、社会が「せねばならない」二つのこと

#6 「学び」を通して主役になる



社会の大きな転回
(前編)


 

対象から主役へ、依存から自立へ

 

政府は2017年に人づくり革命を提唱し、人生100年時代構想会議を内閣官房に設置しました。少子高齢人口減少という未曾有の事態に見舞われ、悲観論に陥って、自らの潜在力への自信を失い始めていたこの社会に対して、人生100年時代という新たな方向性を提示することで、希望を紡ぐ作業に着手したといってもよいでしょう。日本社会では、人々の平均寿命は2017年で男性が約81歳、女性が約87歳、最もたくさん亡くなる年齢は男性が約87歳、女性が約93歳、しかもミレニアム世代の平均寿命は100歳以上と予測されています。現実に、人生100年時代が到来しているのです。

 

この会議を設置する過程で、政策の動きにも次のような変化が見られました。少子高齢化を嘆くのではなく、それは皆が健康で長寿な社会が実現したことによって生まれた現象であって、社会の人的資源の配置が変化したことを意味しており、その意味をとらえ返すことで、それまで、対策の対象であった高齢者を、むしろ社会を担う主役と位置づけ、人々がより価値豊かで幸せな人生を送ることができる社会を構想することが可能となる、こういう観点の提示がなされたのです。

 

たとえばこの社会では、人々が長寿になり、また極めて低い乳児死亡率を実現することとなりましたが、その大きな要因に、医療の発達を挙げることができます。それは、今日の人々の疾病に対する不安が、感染症などの外因性の疾病よりは、ガンなどの内因性のものへと移行していること、そして現実に、死因も外因性の疾病よりは内因性の疾病によるものが圧倒的に大きな割合を示していること[1]に見ることができます。いわゆる三大死因は,ガン(悪性新生物)・心疾患・脳血管障害であり、合わせて死因の5割を占めているのです[2]。いわば、細菌との闘いから生活習慣との闘いへと、医療のあり方が変化してきているのです。

 

このことは、医療が、人々が医師という専門家の治療に依存することから、自らが医師の指導・助言を受けつつ、自律的に生活を維持することへとその重点を移行させていることを示しています。つまり、医師は、治療する専門家から指導・助言する、いわば寄り添う専門家へとその位置づけを変えることが求められているのです。また、人々も医療に依存することから、自律的に医療を使い、生活を自律的に送ることが求められることとなったのだといえます。

 

ここでの大きな転換は、いわば外のものへの依存から、内なるものをコントロールする自立・自律が人生100年時代においては重要だとされるようになったということ、つまり依存から自律へと価値観の転換が求められているのだということです。これは医療の一例ですが、私たちの日常生活でこういうことが問われる時代に、私たちは足を踏み入れているのです。

 
 
 

学び直しができる社会へ

 

それだから、と受けとめてよいと思いますが、人生100年時代構想会議は、これからの社会のあり方を従来のライフステージ論にもとづくシングルステージの社会から、マルチステージの社会へと変化しているととらえ、人生を多毛作で生きるためにも、学び直しやリカレント教育が重要であり、すべての人々が生涯のあらゆる段階、あらゆる局面で、学び直しができるような社会を構想し、実現することを提唱しています[3]

 

このことは、従来のような新卒一括採用、日本型雇用慣行、一律の定年とその後の一律の社会保障という制度・慣行が流動化し、人々の社会的存在が組織への帰属から社会的な自立へと変化していることとも深くかかわりつつ、今日の働き方改革の議論と取り組みへと結びついています。つまり、人々の就労を含めた人生のあり方が、定年延長を求めるのみならず、社会の価値観が様々に多様な生き方を許容する社会へと変化し、それに従って、人々の社会的な存在のあり方も、企業や組織への帰属つまり依存から、社会の中で自らの価値をつくり、組み換え、新たにし続けるような自立・自律へと組み換えられ始めているということです。そのための学び直し、つまり人々が自分の潜在力を新たに見出しつつ、常に新しい自分へと変化し続ける存在のあり方を日常的に獲得することを、社会的に保障する必要に迫られてきているといってもよいでしょう。

 

そのうえ、このような帰属から解放され、自立・自律を求められる個人のあり方は、また容易に孤立へとつながりかねず、それが社会を分断し、社会的な活力を低下させることになりかねません。従来のような競争と強いリーダーシップを基本とする社会ではなく、むしろ協働と対話による新たな価値の不断の生成が社会的に求められることとなるのです。それは、一つの価値観がすべての人々に共有され、その価値にもとづく競争で発展する社会ではなく、多様な価値観が人々を覆い、常にその価値を組み換え、変化し続けることで、社会の活力が生まれ続けるような社会のあり方だといえます。つまり、拡大や発展ではなく、生成と変化を基調とするあり方へと社会が変容していくことを意味しています。

 

このような社会では、人々は過去に学んだ知識を一つの価値観にもとづいて生涯にわたって使い回すことはできなくなり、常に知識を更新し、新たな価値を生み出し続けることが求められます。学び直しが必要となるのです。しかもそのような社会では、あらゆる人が価値の創造者であり、対話の主体であり、社会をつくる担い手となり得ることとなります。

 
 
 

人材観の変化

 

しかも、次のようなことが指摘されています[4]。日本はこれから急激な人口減少しかも生産年齢人口(統計上15歳から64歳)の減少に見舞われます。現在約1億2600万人の総人口(日本国籍保有者)は2060年には8700万人ほどにまで減少することが、しかもそのうち生産年齢人口が3000万人以上も減ることが予測されています。この3000万人という数字は、現在GDP世界第5位のイギリスの労働者人口を上回るといわれます。

 

一国のGDPは総人口と生産性の函数(簡単にいえば、かけ算)で表されるというのが一般的な受け止めです。現在日本はGDP世界第3位ですが、これは人口が多いことが圧倒的な理由なのです。GDP世界第1位のアメリカは、総人口3億2400万人、一人あたりGDPは5万9800ドル、第2位の中国は、総人口13億8600万人、一人あたりGDPは8800ドル、第3位の日本は総人口1億2600万人、一人あたりGDPは4万2600ドルです。第4位はドイツで、人口8200万人、一人あたりGDPは5万0800ドル、第5位のイギリスは、人口6600万人、一人あたりGDPは4万4000ドル、第6位はフランスで、人口6500万人、一人あたりGDPは4万3600ドルとなります。

 

このまま人口が減れば、日本のGDPも大きく減少することになります。その上、さらに次のような指摘があるのです。日本の労働力の質の高さは世界第4位であるのに対して、労働者の生産性は28位と先進国グループでは下の方に位置しているのです。これほどまでに人材の質の評価と生産性とのあいだが開いている国はありません。

 

また、次のような議論があります。生産性に影響を与える要因を分析したところ、次のような結果となったというのです(1.00が100パーセントの相関)。アントレプレナーシップ0.91、設備投資0.77、社員教育0.66、技術革新0.56、競争0.05。しかも、アントレプレナーシップは起業家精神と訳されたりしますが、本来は、企画力・協調性・調整力・復元力・挑戦しようとする意欲など、個人と個人の競争によっては得ることのできない非認知能力なのです。そのうえ、人材の能力の国際的な規準とされているインターナショナルバカロレアなどの学習者イメージでは、すでにリーダーシップなどの競争して勝つことで発揮されるような能力は規準から外され、探求・挑戦・思いやり・コミュニケーション・信念・省察・教養・心をひらくなどが新しい人材の能力像として示されているのです。

 

 

[1] https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suii09/deth8.html

[2] https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life10/04.html

[3] 人生100年時代構想会議『人づくり革命 基本構想』、平成30年6月

[4] 以下、デービッド・アトキンソン『日本人の勝算—人口減少×高齢化×資本主義』、東京経済新報社、2019年の議論を参考に論述する。

 
 
 

(第2回につづく)

#1 あらゆる人が社会をつくる担い手となり得る

#2 子どもたちは“将来のおとな”から“現在の主役”に変わっていく

#3 子どもの教育をめぐる動き

#4 子どもたちに行政的な措置をとるほど、社会の底に空いてしまう“穴”

#5 子どもたちを見失わないために、社会が「せねばならない」二つのこと

#6 「学び」を通して主役になる

 
 
 

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この記事を書いた人

牧野 篤

東京大学大学院・教育学研究科 教授。1960年、愛知県生まれ。08年から現職。中国近代教育思想などの専門に加え、日本のまちづくりや過疎化問題にも取り組む。著書に「生きることとしての学び」「シニア世代の学びと社会」などがある。やる気スイッチグループ「志望校合格のための三日坊主ダイアリー 3days diary」の監修にも携わっている。

 
 

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