仕事・働き方

【スカルプター・伊藤博敏さん】異素材と組み合わせて石の魅力を引き出す。「誰もやっていない」を追求して世界にひとつのアートを

2023.08.23

     

長野県松本市で石材店を営みながら、天然石を加工し、チャックやコインなどの異素材と組み合わせてあっと驚くような彫刻作品を生み出す伊藤博敏さん。洋服や食材などの素材も石でリアルに表現し、ユーモアが詰まった作品は海外でも反響を呼んでいます。石の魅力や可能性を追求しながら、オリジナリティあふれるアート作品を制作し続ける原動力に迫りました。

     


     

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伊藤博敏(いとう・ひろとし)

1958年生まれ、長野県出身。スカルプター。伊藤石材店5代目代表取締役。東京藝術大学美術学部工藝科を卒業後、明治12年創業の老舗石材店を営みながらアート作品を制作し、国内外で個展を開催。石碑や石仏、花器や時計、金属などの異素材を組み合わせたアート作品まで幅広く手がけている。

公式HP:伊藤石材店ウェブサイト 
自遊石ウェブサイト
Twitter:藤博敏
Instagram:itohirotoshi

     

     

     

石が答えを教えてくれる


     

――伊藤さんは石から様々なアート作品を生み出されていますね。どれもオリジナリティがあって惹かれます。石の魅力は、 どんなことだと思いますか?

     

石は人工物ではないので、必ず一点物になるんです。それに、ゼロから物作りをすることは大変なことですが、石は一つひとつフォルムが違うので、ある程度の答えを示してくれます。僕はそれを発見すればいいだけなので、そうやって楽しみながら作品が作れるのは魅力だと思っています。

     

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石のフォルムや個性に合わせて創作する(写真:本人提供)

     

――石の形や色を見て、作品のイメージが湧いてくるんですね。石の種類はかなりありそうですが、どんな石を使うんですか?

     

種類は極端に言えば無限にありますよ。地学的にいうと、玄武岩とか花崗岩とか変成岩など細かく分かれているのですが、石屋ではまとめて「御影石」と言ったりもします。海の石、山の石も違いがあって面白いですし、花崗岩同士がくっついて出る模様を楽しむこともありますよ。趣味で石の模様を楽しむ水石のようなイメージで、形や模様を楽しみながら作っています。

     

商売柄、世界中の石を使いますが、一番多く使うのは、地元の松本で上高地から流れてくる梓川の石です。

     

――川に行くと目移りしてしまいそうですね!

     

そうなんです(笑)。季節や、その日の太陽の向きによっても石は違って見えますし。南から北に向かって歩いて、帰りに逆に向かうと違う石が魅力的に見えたりもします。

     

――石にチャックをつけたり、石とは思えない柔らかそうな食べ物をモチーフにしたり、石についている目や口が笑っていたり、独創性あふれる作品ばかりですが、制作時に特にこだわっていることはありますか?

     

実家が石屋で、生まれながらにして石に囲まれて暮らしているので、石の展覧会を見に行ったり、彫刻家のイサム・ノグチさんが好きでニューヨークまで見に行くこともあるんです。ただ、彫刻にはいろいろな解釈があるので、一般の方に感想を聞くと、言葉に詰まってしまうこともあると思います。私は大学時代に工芸を専攻していたので、遊び心を入れたいなというのがあって、ユーモアや毒をテーマにすると、いろいろな感想を言っていただけるんですよね。そうやって、自分の作品から違うイメージが生まれるように、作品ごとに物語を一つずつ考えています。

     

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口の堅い奴ら(写真:本人提供)

     

――「ぎゅっ」とかか「口の堅い奴等」とか「舐めた奴ら」など、タイトルにもクスッと笑ってしまうような響きがありますよね。

     

現代美術でよく、制作した日付だけ書いてある作品とか、「無題」とかありますよね。あれが苦手で(笑)。それで、ある程度ヒントというか、こういうタイトルにしたらどんな物語が想像できますか? と問いかける感じで、タイトルだけは必ずつけるようにしているんです。

     

――1つの作品を作るのに、大体どのぐらいかかるのですか?

     

モニュメントみたいなものは時間がかかりますが、普段制作しているものは1週間から10日ぐらいでできますよ。

     

――そんなに早くできるのですね! 作業の際には、どのような道具を使っているんですか?

    

ノミ・ツチの大きいものから小さいものまで使います。小さい作品は、ダイヤモンドカッターの2、3種類のサイズを使って荒彫りをして、サンドブラストと言って、砂を吹き付けて文字彫りに使ったりするのですが。それを利用してやると、石にあまり負担をかけずに彫ることができるので、サンドブラストはよく使いますね。もともと手でやっていたものを電動工具で早くやれるようになったので。基本的には叩いて削って、エアと砂の力で崩していくぐらいですけれどもね。

   

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「溶けちゃうよ」(写真:本人提供)

     

     

    

金属工芸を学んで独創的なアートを発想


     

――小さい頃は、どんなことに興味があったんですか?

     

絵を描くことが好きでした。小学校の頃は、掲示物を壁に貼る広報部のような係をやっていたんですよ。それで、九州の先生が研修で来られた時に九州の写真を持ってきてくれたので、それを並べて、その背景を桜島の形にするなど、工夫しながら展示していたんです。そうしたら、担任から「センスいいね」と褒められて、嬉しくなってしまって。デザインって面白いんだ!と思って、デザイナーに憧れ、東京藝術大学を目指しました。

     

――絵を描いたりすることも好きだったんですか。

     

ええ。単純に絵を描くというよりは、絵の中で何かを組み合わせてコラージュしてみたりするのが好きでした。

     

――実家の石屋さんとは違う職も選択肢にあったんですか?

     

いえ、石屋を受け継ぐことは自分でも決めていました。高校時代から店の手伝いをしていたので、高校の文化祭では灯籠を作って展示したりもしました。だから、石の加工はやれる自信がありました。

     

ただ、住んでいた池袋の西武デパートのアトリエヌーボーというギャラリーが、遊びのアートをずっとやっていて。そこで展示される作品がいつも、すごく面白かったんですよ。真っ黒に焦がした食パンを100枚以上並べて、削って出てくる白い色のハーフトーンを使って「最後のパン餐(晩餐)」という晩餐のシーンを描いたりとか(笑)。

     

そこでは素材や表現方法とか、他の美術展にないような作品ばかりが展示されていたんです。しかも、そこに出ている作家が普段は電気会社の社員さんだったりして、遊びでアートをしている方が多かったので、自己表現をしながら社会人として仕事もできるんだなと思って。それで、石屋になっても個人的な制作活動は続けられるんじゃないかなというのがありましたね。

     

――それで、石を使ったアートを考えるようになったんですね。

     

はい。ただ、他の素材を知らないままだとつまらないなと思って、東京藝術大学で金属工芸をやったんです。工芸は異素材を組み合わせて作ることが当たり前なので、金属と石を組み合わせてみたら面白いんじゃないかな、と。人工物と自然物ですが、同じ硬い素材なので馴染みが良さそうでしたし、工芸の分野では石はあまり使わないので、逆に狙い目だと思いました。石で日用品を作るのも、他の人が誰もやっていないことだったので面白いなと思ったんです。

     

――異素材を組み合わせた初めての作品は何だったんですか?

     

母が実家で使わなくなった古い包丁を、最初の作品に使いました。石の塊を包丁で料理するように切った作品があって、異素材と組み合わせたのはそれが初めてでした。

     

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包丁で石を切る作品が最初だった(写真:本人提供)

     

――石を切ったものやアイスなど、本当に、柔らかくて美味しそうに見えます(笑)。石を使った斬新なアートを見て、ご家族の反応はどうでした?

     

めちゃくちゃ応援してくれましたよ。その頃は墓石が中心だったので、お客さんも年配の方が多かったんです。それで、サンドブラストを使い、黒御影石に絵を彫っていたんですが、年配のお客さんにも理解してもらえるように「竹に雀」「梅に鶯」といった「花鳥風月」をテーマにして作品を彫り応接間に飾っていたんです。そうすると、「お墓に観音様を彫ってほしい」と言われるようになって、仕事にも結びついていきました。

     

     

     

発想を大切にして、見る人に委ねる


     

――そこから、さらにアート制作が波に乗った転機はどんなことだったんですか?

     

池袋のギャラリーの公募展があったので、作品を初めて出したら、審査員賞をいただいたんです。それを機にギャラリーさんからお声がけいただくようになったりとかしたのが最初の転機です。2つ目の転機は、ホームページを作ってブログと作品紹介をしていたところ、それをボストンのギャラリーが見てくれて、アメリカで作品の展示ができるようになったことですね。

     

――海外のギャラリーから声がかかるなんてすごいです。今はヨーロッパの芸術祭にも定期的に出品されていますよね。

     

ええ。フランスとデンマークのギャラリーとお付き合いしているのですが、デンマークで毎年11月ぐらいにユーモアをテーマにした展覧会をやっていて、オファーが来る時は何点か送っています。フランスのギャラリーはその店内だけでなくいろんな企画展やアートフェアへの出品や、イギリスなど他のヨーロッパ諸国での展示会やアートフェアに出品してくれるんですが、詳細を私が把握していなかったりするので、ルーマニアで個展をやっていることも後で知ったんです(笑)。

     

――知らないところで広まっていったんですね(笑)。海外での受け入れられ方は、日本とは違うのでしょうか?

     

ヨーロッパの彫刻は、具象=リアルから始まっています。それで、説明的と言ったら失礼ですが、神話の人物などを彫った作品が印象深いと思います。一方で日本の場合は、枯山水のように、砂利に線を引いて「水ですよ」と言えば、僕らは水を想像するじゃないですか。水墨画も、墨を垂らしただけでそれが山に見えたり船に見えるのは、構成の仕方で他のものに見える「見立て」というものに慣れている人種だからなのかなと思います。

     

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「ぎゅっ」(写真:本人提供)

     

自然石も、ちょっと手を加えると、まるで袋に見えたり、人の顔に見えたりするんです。リアルに彫っていないけど、そう見える。ヨーロッパの美術史の中ではそういう方法論を取っている人がいないのもあって、珍しがられているところもあるのかなと思います。

     

――繊細なアートを作るのは手先の器用さや特殊技術も必要になりそうですが、作品を作る時に、ご自身のどのような強みが最も生かされていると思いますか?

     

そんなに手先は器用じゃないんですよ(笑)。今65歳ですが、何年もやれば技術は自然と上手になりますし、90歳ぐらいになったらどうかわかりませんが、60代ぐらいまではレベルが上がって当たり前なので。やはり発想とか、どう表現したらこの石がより魅力的に見えるか、という見方は一番大事だとは思っています。

     

――それが独創的な作品の源なのですね。新しい発想が浮かんでくるのはどんな時ですか?

 

私は言葉からイメージを膨らませることが多くて、たとえば「柔らかい」という言葉を石にくっつけた時に、食べ物や洋服などが浮かんでくるんです。あとは音ヒントにすることも多くて、本を開く音とか、ノート破る音など、暮らしの中のワンカットが浮かんだら、それを形にしてみるんです。たとえばノート破れているような表現にすると、見てくださる方が「ここに何を書いてあったんだろうな」と想像するんじゃないかな?とか。

     

――答えを提示するというよりは、想像してもらうような感じですね。

     

そうですね。起承転結の「転」で止めて、結は見る人に委ねます。だから、ファスナー作品はみんな、途中でファスナーが止まっているんです。見る方の中には「閉めるんだな」と思う人もいれば「開けるんだな」と思う人もいると思います。ナイフで切る作品も途中でやめて石がペロンと剥がれている状態で止めていたり。動きの続きは見る人に委ねています。

     

――「海から生まれて」という作品は、チャックが回転している独特の形状で、どこか懐かしいような感覚になりました。

     

あの作品は、自然石を地球に見立てているんです。それで、何万年という記憶を持った石を開けてみたら、中から自分も知らなかった古い物語が見つかる、というイメージで作りました。ファスナーを使った作品は同じようにぐるぐる回るタイプもいくつか作っているのですが、作っていると石が石でなくなる瞬間があって、自分でもゾワゾワっとすることがありますね。

     

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「写真:海から生まれて」(写真:本人提供)

     

――他に、制作していて喜びを感じる瞬間はどんな時ですか?

     

まだ使ったことがない素材を使ったときですね。数年前からレジンと言われる合成樹脂を使って、水の表現を入れてみたり。そういうのが別の物語のきっかけになることがありますし、異素材で石に合うものが見つかった時は楽しいですね。ただ、元の石が魅力的でないとやはりうまくいかないので、川をぶらぶらして石を探すのも大事な制作時間だと思っています。

     

     

     

「普通」の中に感じる違和感から新たな発想を生み出す


     

――今後、チャレンジしたいと思っていることはありますか?

    

いくつかの石が、一つに流れるようにつながっている作品を作りたいと思っています。それと、電気を使った作品も考えています。「Rock in Rock」のように音楽が聴こえる石とか、そのアレンジで、たとえば心臓が動いているようなものとか。あまり覗きたくないようなものが中にあってもいいかなと思います。

    

伊藤博敏さん関連画像
「Rock in Rock」(写真:本人提供)

     

――石は静かで動かないものというイメージですが、音楽とか心臓といった「動」ものとの組み合わせが面白いです。

     

音は一番、地味なんですよ。「Rock in Rock」は、表面はただの石ころで地味に見えるのですが、石の中にMP3プレーヤーが入っていて、ジャックを刺すと音楽が聴こえてくるんです。ジョークの作品だと思われるのですが、実際に音が聴こえると驚いてもらえますね。そういう反応も嬉しいです。

     

――伊藤さんのように、自分の好きなことや、追求できるものを見つけるためには、どうしたらいいでしょうか?

     

私は好きなことしかやってこなかったので、逆に、「なぜ好きなものがないんだろう?」と思ってしまうんです。だから、探して見つかるものではないんじゃないかな、と思いますし、実は日常の中に「好き」のヒントは転がっていると思うんです。

     

私の場合は「普通であること」を一番大事にしています。普通を知らないと、普通じゃない作品は作れないと思いますから。たとえば町内会のこととか、いろいろな係も嫌がらずにやってみたり、人とコミュニケーションをできるだけ取るようにして、普通の生活ってなんだろう?と思いながら生活しているんです。そうすると、普通じゃないことがわかってくるので。私ならこうするのにな、というのがあれば、その違和感が気づきや発見につながって、踏み出すきっかけにもなるのかなと思いますね。

     

――普通を意識しながら生活している中で感じる違和感が「自分らしさ」かもしれない、と。

     

そうです。たとえば、「普通はこうじゃない?」と私はよく言われるのですが、じゃあ普通ってどこまでの範囲なんだろう?「みんなやっているよね」のみんなって誰なんだろう?と。そういうことを自問自答しながら「私の作品はいつ普通になるんだろう?」「普通に思えてしまったら、逆に作品としてはおしまいなのかな」と考えたりもします。

     

最近は海外の方で私の作品を真似して3DやCGで作る方や、異素材で「口の堅い奴ら」を作ってYouTubeでその作り方まで出している人もいます。でも、私の作品でその人の脳みそを刺激できたのかなと受け止めて、自分はさらにその先をいかなければいけないと思うので。それが新しい作品を生み出す刺激にもなっています。

     

――作品を作るプロセスから、常にオリジナルを大切にされているんですね。

     

ええ。だから、自分らしさや好きなことは、普段の生活の中から探せると思います。たとえば目玉焼きを焼くときに、いつもと違う方法はないかな?と考えるように、そういう単純なところから一つずつ積み重ねていくと、何かが見つかるのではないかと思います。

     

――素敵なヒントをありがとうございました。今後も新しい作品を楽しみにしています!

    

    

     

 


 

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この記事を編集した人

ナカジマ ケイ

スポーツや文化人を中心に、国内外で取材をしてコラムなどを執筆。趣味は映画鑑賞とハーレーと盆栽。旅を通じて地域文化に触れるのが好きです。

 
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