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【現代美術家・大村雪乃さん】美しい夜景の正体は丸シール!「メッセージをわかりやすく伝え、アートの敷居を下げたい」

2022.11.10

大村雪乃さん関連画像

 

現代美術家・大村雪乃さんは、美しく煌めく夜景を、独自の手法で表現します。素材は絵の具ではなく、なんと文房具の丸シール。ありふれた素材を使うことで、ゴージャスな夜景の金銭的価値の矛盾や大量消費社会への違和感を訴え、美しさの本質を問い続けています。大村さんが「描くこと」と出会った経緯や、新たな作品を生み出し続ける原動力に迫ります。

 


 

大村雪乃おおむら・ゆきの

1988年生まれ。多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻 卒業。在学中に丸シールを使った夜景作品を発表し、2012年東京ミッドタウンアワードのアート部門で受賞。以降、各地で展覧会への参加や個展の開催、ファッションブランドへのデザイン提供やアーティストのコラボレーションなど、活躍の場は多岐にわたる。また、誰もが夜景製作を楽しめるアートキットの開発やワークショップを開催し、アート市場を広げている。

公式サイト:https://yukino-art.tumblr.com
インスタグラム:yukino_ohmura
神戸・シダレミュージアム:https://kobe-rokko.jp/events/3685/(11月23日まで)

 

 

丸シール×夜景というコンセプト


  

――こんなに美しい夜景がシールで描かれていると知って驚きました。コンセプトを教えていただけますか?

 

シールで作っているということが、一つの大きなコンセプトになっています。夜景というとゴージャスなイメージがありますが、その光のひとつひとつが、実は安価なシールでできている。その金銭的価値感のギャップや、大量消費社会に対する違和感を表現しています。

 

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(画像:本人提供)

 

――「美しさ」とは何かを考えさせられますね。題材となる風景は、どのような経緯で決めているのですか?

 

「どういう夜景を作るか」ということに強いメッセージをこめているわけではなく、「見え方として面白いかどうか」という視点で選んでいます。たとえば東京タワーなどの大衆的なシンボルをあえて出すことは、メッセージ性を強調する上で有効だと思いますし、よりコンセプトを理解してもらえるようなテーマを探しています。

 

あとは展覧会の場所を重視していて、東京なら東京タワーや東京駅、金沢なら茶屋街とか、有名な山などの観光地を描くことが多いですね。その土地に馴染んだ風景を描けば、見てくださる方により共感を持ってもらえると思いますから。

 

――どこか懐かしさを感じる風景が多いのはそれもあるのですね。作品はどのようなプロセスで制作しているのですか?

 

大きい作品だと2、3カ月かかるのですが、そのうちの半分の時間は構想を練っています。構想ができたら、夜景写真などからイラストレーターなどで作品の土台を作り、それをプロジェクターなどに投影して、後は地道にシールを使って作っていきます。大体、年間で10作品前後のペースですね。本当はもっと多く作りたいとは思っているのですが。

 

(画像:本人提供)

 

――自分で作れるアートキットを販売されていますが、夜景作りを気軽に体験できるのもいいですね。

 

パッケージに全て入っていて絵の具を用意しなくても気軽に作品を作れるので、簡単だしわかりやすいかな?と思って作ってみたんです。

 

 

 

「描くこと」との出会い


 

――大村さんは、小さい頃から描くことが好きだったのですか?

 

そうですね。親が漫画や本や映画などが好きで、物心ついた頃からそういうコンテンツが身の回りに多くありましたね。休日には美術館に連れていってもらうこともありました。それで自分自身もよく絵を描いていたのですが、美術の成績は特に高いわけではなかったんです。ただ、小中学生の頃は、運動も勉強もできないし、いろいろなことがすごく苦手で。その中で唯一、音楽と絵を描くことは苦にならなかったんです。

 

毎日、ノートに落書きをしていたのですが、友達のノートを覗いてみたら落書きがなくて。「描くことが当たり前じゃないんだ」と気づいてから、「絵が好きかもしれない」と思うようになりました。

 

――その頃から、美術家になりたいと思っていたのですか?

 

そうですね。ただ「好きだから」というのも一つの理由ですが、うちはすごく貧乏で金銭的に余裕がなかったので、生きていくために無理やり「好き」を見つけた、とも言えます。ただアーティストは安定した仕事ではないので、生活を成り立たせる上で「アートで生きていこう」とは考えないと思います。

 

私の場合は選択肢が限られていたので、せめて何かをやるなら、「自分の好きなことをやらないと生きていけない」と思ったんですよ。

 

――それで、多摩美術大学に進学されたんですね。難関校ですが、進学への苦労はなかったですか?

 

勉強には自信がなく、美大に行くことしか活路が見出せなかったので、とにかく必死でしたね。

 

高校は普通の女子校の美術部だったのですが、予備校で基礎を学んで、二浪して大学に入りました。美術は専門的な技術が必要で、高校の美術部で教えてくれる技術だけでは大学にはいけないんです。しかも、大学は自分の表現を見つける場所なので、教授が教えてくれることは多くなくて、「好きにやれ」と言われることもあります(笑)。

 

その中で自分の道を極めなければいけないと考えたら、予備校で専門的な技術の基礎を作らないといけないと思い、通ったんです。実際に予備校で得られるものはすごく多かったですね。

 

――予備校時代は、どのぐらいのペースで絵を書いていたんですか?

 

それはもう、めちゃくちゃ書きましたね。1日12時間ひたすら油絵を描いたり、毎日、ソクラテスのデッサンを描き続けたり。でも、それがすごく楽しかったんですよ。

 

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大村雪乃さん

 

――目的を持って予備校に行かれていただけに、得られる成果も大きかったんですね。

 

そうですね。美大は学費が高く、親は応援してはくれたのですが、金銭的な支援は一切してくれませんでした。それで、学費は奨学金を満額借りて、入学金はおじいちゃんに頭を下げてお願いしました。

 

そうしてなんとかお金を工面して入学したので、大学の4年間で結果を出せなければ自分が納得しなかったんです。周りに勧められて受け身で大学に行っていたら今、こういう仕事をしていなかっただろうし、美術を好きにもならなかったと思います。限界ギリギリで選択肢がなかっただけに、学ぶことに必死でした。

 

もちろん、苦労はしたくなかったですけどね(笑)。母子家庭で年収もわずかだったので、アルバイトを掛け持ちして家賃を半分入れながら、絵を描いていました。

 

――え…それは寝る時間もなさそうですね!

 

いえ、睡眠時間は毎日7時間はしっかり取っていましたよ(笑)。ただ、一度起きたらずっと動いていましたね。

 

――すごいエネルギーです。貧しくても「稼ぐためだけに働こう」と割り切って考えることはなかったんですね。

 

ええ。両親が離婚して生活が貧しくなっても、身近な家族と過ごす時間が奪われることはありませんでした。だから、身につけるものや食べるものが多少変わったり、水道やガスが止まる不便はあっても、幸せに生きられるんだな、とわかって。「それなら好きなことをしよう」と思いました。楽しくないことをする方が苦しいとわかっていたので、掛け持ちでバイトをする日々も楽しかったです。

 

何より、そういう状況でも応援してくれる家族がいたことは大きかったと思います。私にとってはそれが母で、お金は出してくれませんでしたが、「自分の力を信じて頑張って」と言い続けてくれました。無責任な親という見方もあるかもしれませんが、環境に恵まれたとも言えます。

 

 

 

アートの敷居を下げるために重視する「わかりやすさ」


 

――丸シールの表現に辿り着くまでは、大学でいろいろな表現を模索されたのですか?

 

はい。いろいろな素材を試して、丸シールの他にも毛糸を使った作品や色を塗って作るドローイング、立体造形やインスタレーションなど、いろいろな表現を学びました。どれも楽しかったし、いくつかの作品は評価もしていただけたのですが、特に丸シールが皆さんに受け入れられやすいものだったんだと思います。

  

  

――「夜景」をテーマにしようと思った最初のきっかけはどんなことだったのでしょうか。

  

2011年の東日本大震災の後に国は節電対策をしていましたが、私が六本木の展望台から見た夜景は、それまで見ていた夜景とほとんど変わらなかったんです。その時、夜景が環境を脅かすものに見えました。そのような環境破壊や政治的矛盾に対する近いメッセージを伝えることで、より多くの人に伝わるのではないか、自分ごととして共感してもらえるのではないかと感じたんです。

  

――2012 年の 東京ミッドタウンアワードで受賞した「Beautiful midnight」が最初の代表作ですね。あの作品はどのように生み出されたのでしょうか?

 

大学2年生の時に試作で作った時に、「いい作品が出来た」という直感があったのですが、一度寝かせて、卒業までの2年間は他のことを研究したり、表現の可能性を模索しました。それで、大学4年の時に作品をアワードに正式に出したところ、賞をいただきました。

 

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「Beautiful midnight」(画像:本人提供)

 

「Beautiful midnight」は大衆に受け入れられやすい作品だと思っていましたが、反響は予想以上でした。受賞後に六本木で展覧会やらせていただき、それがきっかけで3、4社からお仕事のお声がけをいただきましたし、メディアに出させていただくなど反響が広がったことで、より一層、丸シールの表現を突き詰めていかないと、という責任感にもつながりました。

 

コンセプトが明確で大衆性の強い作品を作りたいと思うのは、生活のためでもあります。家族や子供など守るべき存在がいて、その責任感もありますから。政治に興味があり、普段からいろいろなアンテナを張って時には憤ることもありますが、表現する上では、より伝わりやすいメッセージを心がけています。

 

――夜景は身近なものですし、丸シールという素材の面白さもあるからこそ、メッセージが受け入れられやすいんですね。

 

そうだと思います。アートというと、敷居が高く感じられる方もいると思います。活動の中ではその敷居を下げることも目指しているので、「わかりやすさ」は何よりも大事にしていますね。

 

とはいっても、アートは「わかる」ことが正義ではないですし、受け入れられないことが悪だとも思いません。研究の成果が突き詰められた結果、分かりやすく翻訳されてようやく後世の人々に少しずつ理解されていくものだと思います。そう考えると、分かりやすく提供するということは早く消費されてしまうことでもあるので。その怖さは常に抱えながら制作しています。

 

――流行などで消費されてしまうのは怖いですね。では、同じような視点から新たな素材やテーマも模索されているのですか?

 

いえ、それはしていません。リクエストをいただいて作ることはありますけれどね。一つのことを極めることってすごく難しいと思うんですよ。丸シールの作品を制作し始めて今年で10年が経ちましたが、やっと認知されてきて、全国の美術館との契約を進めたり、個展ができるようになりました。

 

最近知って下さった方達にもっと伝えていくためには、さらに10年同じことをやり続けないといけないと思うんです。だから、もしかしたら一生付き合っていくコンセプトかもしれないと思っています。大学4年で作品を発表した時からその予感があったので、その時には覚悟が決まっていました。

 

 

 

試練を乗り越えて、作品も変化した


 

――各地での個展をされたり、ファッションブランドやアーティストのコラボレーションをされたりと、多方面で活躍されていますが、仕事の幅はどのように広げてこられたのですか?

 

問い合わせをいただく機会が多かったので、ありがたいことに自分からアクションしたことはないんです。ただ、一つひとつのお仕事に対しては、いつも100%で臨むことを心がけてきました。インタビューでも撮影でも、最初は取捨選択せずに全部受けていたので、嫌な目にあったこともありましたけどね。

 

ただ、そういう中で多方面に発信していただき、こういう活動をしているんだ、と拾ってくれる人が定期的に出てくるんです。それで展覧会やメディアの過去のアーカイブができていって、自分の糧になっています。

 

――仕事も生活も、常に全力で向き合ってこられたんですね。

 

選択肢がなかったので、一つひとつを全力でやるしか選択肢がなかった、とも言えますね。

 

私の場合は最初からフリーランスなので、一つの仕事を落としたらそこで転んでしまいますから。半年間仕事が来ないこともありましたし、「次に仕事が来なかったらどうしよう?」という不安は今でも常にありますよ。

 

フリーランスとして活動を続けている

 

 

――ご出産後はその不安はありますよね。仕事を続ける上で一番大変だったのは、どんなことですか?

 

身近な家族との関係性には悩みましたね。パートナーはサラリーマンで家事・育児をすべて任されていたので、家庭との両立は大変でした。

 

その後コロナ禍になったことが、一度立ち止まって生活を振り返るきっかけになりました。パートナーとは悩んだ末に離婚しました。簡単な決断ではなかったのですが、自分が辛い状況だと結果的に子供が不幸になると思ったからです。

 

――自分を大切にして、新しいスタートを切ったんですね。

 

そうですね。今は生活が安定していて、子供たちは前の夫と面会することもできるので、子供達と離れて過ごす時間もあります。そういう意味では、仕事と家庭の理想的な生活サイクルを保てていますよ。

 

今は仕事をしながら常に余力を30%残して、その分を家族に向けています。全力で生きすぎると子育てはできませんから。趣味で編み物をするのが好きなのですが、そういうオフの時間も大切にしています。

 

――それは大きな変化ですね。生活面の変化は作品にも影響しましたか?

 

一番変わったのは、絵を作ることへのモチベーションで、以前よりも自分の作品が好きになりました。人間関係をリセットして新しい人生を歩み始めてから自分を大事にするようになって、自分の作品一つひとつを愛おしく感じるようになったんです。作品を見た方からも「優しさや愛情がこもっているね」と言われることが増えて、面白い変化だなと思っています。

 

 

 

新たな作品への挑戦


 

――他のアーティストに比べて、ご自身のアドバンテージはどんなことだと思いますか?

 

美術館で年に何度も個展をさせていただけるという経験をこの年齢でさせてもらえるアーティストは他にいないので、すごくありがたいことだと思っています。今は福井、富山、岡山、山口、静岡などの美術館から問い合わせをいただいていて、話を進めています。海外では台湾などで個展のお話をいただいています。

 

――それは楽しみです! 今後、他にチャレンジしたいことはありますか?

 

去年、リクエストでいただいた山の風景を丸シールで作ったら想像以上に反響を頂いたんです。私自身も自然が好きなので、自然をモチーフにしたシリーズは今後も考えていきたいと思っています。

 

山の表現は光ではなくシルエットなので、今までの表現のコンセプトからは外れますが、コンセプトはきっかけの一つであって、いい作品であれば受け入れられるのではないかなと思っています。

 

大村雪乃さん関連画像
(画像:本人提供)

――自然の風景は夜景とは色彩が違ってまた違った味わいがあり、すごくいいですね。

 

ありがとうございます。ただ、既製品の丸シールは色やサイズが限られていて、濃淡など、どうしても出せない色があるんです。これまでの作品は丸シールで作いることも重要なコンセプトだったのですが、表現を突き詰めるためには、絵の具のようにカラーバリエーションを増やせたらと。

 

それで、最近はカッティングマシンという機械を導入して、オリジナルのシールを作ることにも挑戦しています。

 

――シールの色の選択肢が増えれば、夜景の表現も広がる可能性がありますね。

 

そうですね。かつては既存の色を重ねてグラデーションを作っていたのですが、もっとリアルな夜景や表現をするために、より深みのある色を使って制作してみたいと思っています。皆さんは制作の過程よりも、表現の可能性を楽しみたいと思いますから。

 

 

(写真:本人提供)

 

――最後に、アドバイスをいただきたいのですが、夢中になれるものを見つけるために何が大切だと思いますか?

 

何かに悩んだ時に、「周囲の人間関係や人のアドバイスを大事にしなきゃいけない」と思うあまり、自分を蔑ろにしていることもあると思います。だからこそ、まず何が自分にとって大切なのかをよく見極めることが大事ではないかな?と思います。

 

私が尊敬するアーティストは熊谷守一さんという方なのですが、彼は生涯、自分の家の庭にいるアリや猫やカマキリなどの動植物を描いていました。寝て、起きて、気まぐれに絵を描いて…という生活を送って、でも、「それしかできないから」と割り切っていたんです。それは自分を第一に考えた生き方で、ある意味では敗北感もあったと思います。ただ、そういう生き方は、今の時代こそ学ぶことが多いのではないかと思うんですよ。

 

今は多くの人が「いろんなことをやらなきゃいけない」ということに囚われているように見えますが、「やらなくていい」と一度放棄してみるのもいいと思います。その上で、「自分の中には何があるかな?」と考えてみると、ようやく自分がやりたいことが見えてくるかもしれないですよ。

 

「これをしなきゃいけない」ということは、何も考えなくていいからある意味楽ですよね。ただ、そうやって「考える」ことを疎かにしているとも思うんです。これからの時代は「考える」ことがすごく大事になると思うので、そのためにも何もしない時間を作ってみることは大事だと思います。

 

――ありがとうございました。新たな作品も楽しみにしています!

 

 


 


 

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この記事を編集した人

ナカジマ ケイ

スポーツや文化人を中心に、国内外で取材をしてコラムなどを執筆。趣味は映画鑑賞とハーレーと盆栽。旅を通じて地域文化に触れるのが好きです。

 
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