生活・趣味

【寄稿】ひとが育つまち・10—「まち」は生活の時空の人的代謝(4)|〈ちいさな社会〉を愉快に⽣きる(28)

2023.10.10

〈ちいさな社会〉を愉快に⽣きる(28)
ひとが育つまち・10
「まち」は生活の時空の人的代謝(4)
息苦しく不穏な時代の渦中にいながら、新しい⾃分の在り⽅を他者との「あいだ」に見出し、〈ちいさな社会〉を愉快に⽣きる人々がいます。その〈ちいさな社会〉での生き方を追い、新たな「⾃⼰」の在り⽅を考えてみましょう。

「ひとが育つまち」はまた人を惹きつける「まち」でもあります。島根県益田市の取り組みは全国的に知られるようになり、全国各地から若者たちのIターン者が相次ぐこととなります。益田市は、こういう若者たちを放ってはおきません。 これまで述べてきたような子どもたちを巻き込んだ「ひとが育つまち」を行政主導ではなく、また住民の努力だけに頼るのでもなく、いわば「まち」を育てる牽引車としての組織を、Iターン者中心につくることで、「まち」の内部の人の動きを外部とつなげようとするのです。

第27回記事「ひとが育つまち・9—「まち」は生活の時空の人的代謝(2)」はこちら

  


     

    

この記事を書いた人

牧野 篤

東京大学大学院・教育学研究科 教授。1960年、愛知県生まれ。08年から現職。中国近代教育思想などの専門に加え、日本のまちづくりや過疎化問題にも取り組む。著書に「生きることとしての学び」「シニア世代の学びと社会」などがある。やる気スイッチグループ「志望校合格のための三日坊主ダイアリー 3days diary」の監修にも携わっている。

牧野先生の連載はこちら

 


 

 

 

ユタラボ


    

益田市の「ひとが育つまち」の実践を、地域活動やまちづくりに関心を持っている若者や実際にまちづくりの活動を進めている若者たちが見逃す訳がありません。また、これから社会に出ようと思っているけれど、世間並みの就職のあり方に疑問を持っていたり、飽き足りないと感じている大学生たちもいます。さらには、就職したのはよいけれど、会社や社会になじめない感じを抱いたまま、悩んでいる若者たちがいます。こういう若者たちを、益田市はその魅力を発信することで、惹きつけるようです。

    

益田版カタリ場」を始めるにあたって、NPO法人カタリバの協力を得て、カタリバの職員が市役所に常駐していたこともあり、それがまたまちづくりや中高生の活動に関心をもっていた若者が益田市に関心を持つきっかけともなったようです。

    

益田市が子どもたちを真ん中において行政の在り方を組み換えていく過程で、気がついたら、そこはIターン者が増えるまちになっていたのです。全国12の都道府県から、若者が集まっていたといいます。それを益田市の行政、とくに地域教育コーディネータのOさんが放っておく訳はありません。

    

益田市が取り組んできたさまざまな施策を、持続可能なものにしていくこと、行政がかかわり続けるのではなく、自律的で持続可能なものとして次の世代に引き継いでいくこと、さらにさまざまな取り組みを生み出して、より魅力的な益田市をつくりあげていくこと、これらのための方策を考えていたOさんは、彼らIターン者を組織して、一般社団法人を立ち上げ、これまでの事業をこの団体に委託する取り組みを始めます。

    

こうして、カタリバの職員として市役所に常駐していたHさんを代表として、一般社団法人豊かな暮らしラボラトリー、略してユタラボが発足します。2020年のことです。ユタラボのミッションは、この益田市で彼ら若者たちが体験した豊かな暮らしをすべての人々に体験してもらい、自分なりの人生を歩んでいくことに寄り添うことです。それを彼らは「豊かな暮らしを、すべてのひとに」と表現します。

    

【写真1】ユタラボのロゴ
【写真1】ユタラボのロゴ
【写真2】ユタラボのオフィス
【写真2】ユタラボのオフィス

    

ユタラボには、大きく分けて3つの事業があります。1つめは、「地域の子どもへ」と呼ばれる事業で、「益田版カタリ場」「ミライツクルプログラム」「viva! あそびば」の3つから構成されています。2つめは、「地域の大人へ」と呼ばれるもので、「MASUDA no Douki」「オモイをカタチにワークショップ」「オトナキチ」の3つから成っています。3つめは、「地域外のひとへ」と呼ばれるもので、「オンライン豊かな暮らしトークセッション」「益田暮らし体験ツアー」「ユタラボ大学生インターン」の3つが行われています。

              
  
  

子どもたちを主役にまちをかきまわす


   

「地域の子どもへ」の「益田版カタリ場」は、第19回記事で既述の「益田版カタリ場」の事業委託を受けて行っているもので、いまでは益田市内の全小中高校、つまり小学校15校、中学校8校、高校4校で展開しています。

   

ユタラボの大きな目的は、学区が広くいわゆる地縁の結びつきが弱い高校生に、互いに結びつく機会を提供して、彼らの社会的な活動を支援することにあります。「ミライツクルプログラム」は、中高生がおとなのプロフェッショナルを体験し、近い将来の地域活動のきっかけをつくるとともに、将来の自分の人生を考えるプログラムです。このおとなたちはTATSUZIN(達人)と呼ばれます。年間20プログラムほどが展開されています。これは、第27回記事で述べた「ライフキャリア教育」とも連動しています。

    

「ミライツクルプログラム」には、「働く、ということ。」「『おもてなし』ってなんだろう?」「フルーツで科学してみよう!」「益田の魅力を英語で発信しよう!」「あなたの知らないメディアの世界」など、キャリア・観光・化学・英語・メディア・自己内省・地域活性・海外・動物・食・農業・芸術・福祉・心理・教育・スポーツ・デザインなど、それぞれのテーマに沿った体験型の講座が準備されています(※)。

※一般社団法人豊かな暮らしラボラトリー『2020ミライツクルプログラム』パンフレット、益田市教育委員会『2020 ミライツクルプログラム』パンフレットより

   

「viva! あそびば」は、放課後の高校生の秘密基地(サードプレイス)事業です。ユタラボの事務所を開放して、高校生たちに提供しています。夜8時まで開かれていて、高校生たちは放課後に三々五々集まっては、自習したり、ゲームをやったり、対話を楽しんだり、地域のおとなと交流したり、さらには地域活動の相談をしたりと、それぞれ思い思いに過ごし、ここを自分の居場所にしています。

    

そして、上記3つの事業を高校生自身の将来へと結びつけるのが「高校生マイプロジェクト」(マイプロ)です。これは、NPO法人カタリバが進めている「マイプロジェクト」の手法を取り入れつつ、高校生自身が、自分のやってみたいことをカタチにして、実現するプロジェクトです。この過程で高校生たちは、自分のやりたいことを社会で実現するための手法を学ぶとともに、おとなとのかかわりの重要性を体験していきます。この取り組みに、ユタラボが伴走するのです。

    

このマイプロにはたとえば「高校生カケル」というプログラムがあります(※)。これは、地元のケーブルテレビ局と組んで、高校生が地域を取材して、番組を製作するものです。高校生たちは、番組のアイデア出しから企画、そして取材先へのアポイントメント取りから取材、さらに動画編集と、すべての工程をおとなの力添えを受けながら、自分たちで協力してこなすことが求められます。

    

イメージ画像
※写真はイメージです

    

この過程で、とくに取材を通して、子どもたちは益田市のおとなの魅力や歴史・文化・物産の豊かさなど、日頃気づかないことに気づき、それを視聴者に届けるためにはどうしたらよいのか、などを深く考えるようになります。

    

そして、これらすべての過程にユタラボのスタッフが伴走することで、高校生のやりたい気持ちを引き出し、おとなと結びつけ、経験を積ませ、内省を促し、さらに仲間との交流を広げて、益田市を彼らにとってのふるさとにしていく、こういうことになっています。

    

まさに、子どもたちを主役にして、まちをかきまわしているのです。

※一般社団法人豊かな暮らしラボラトリー・ひとまろビジョン『高校生マイプロPORTFOLIO/高校生カケル』パンフレットより

   
   
   

おとなも定着させる


   

「地域の大人へ」は、益田に生きるおとなたちを結びつけて、お互いに助け合い、支えあうことで、思いを実現できるかかわりをつくり出すことで、地元への定着を図ろうとする事業です。

   

「MASUDA no Douki」は、毎年、市役所や市内の事業所に就職する新入職員・社員の同期会です。新人研修の位置づけで、年に4回ほど、新入同期が集まっては交流して、職場を超えた横のつながりをつくりだし、助け合い、支えあう関係をつくることが目的です。

    

各地から益田市に就職した新人たちは、職場の人間関係だけでは、終業後に孤立しがちです。職場以外の人間関係を豊かにすることで、互いに悩みを打ち明け合い、励まし合うとともに、夢を語り合える関係が生まれ、それが地元への定着と地元のさまざまな活動への参加を促すことになることが期待されています。

    

「オモイをカタチにワークショップ」は、こうして生まれた職場を超えた人間関係のなかで、仕事と家庭以外でやってみたいことを考えて、それを実践するためのアイデアを出しあうワークショップです。年に5回ほど開かれています。ここで出さされたアイデアが、実際に仲間の力を借りて形となることで、益田の魅力が高まることが期待されているのです。

    

イメージ画像
※写真はイメージです

    

「オトナキチ」は、大人版秘密基地(サードプレイス)です。終業後に、高校生たちが溜まり場としているところへ、またはそことは少しズレたところへ、おとなたちが立ち寄っては、お茶を飲み、雑談し、イベント企画を練り、他の職場のおとなと交流し、さらには高校生たちとも交流をして、自分の居場所を家と職場以外にもつくることで、まちそのものが居心地のよい場所へと変わっていくことが目指されています。

    

そして、さらにおとなにも「大人版のマイプロジェクト」が用意されています。「オモイをカタチにワークショップ」などで出されたアイデアを実現したいという場合に、ユタラボが伴走して、それを実現するプログラムです。誰に強制されるのでもなく、自分の思いを仲間と共有して、それを実現していく楽しさに満ちたプログラムです。

   
   
   

魅力を発信する


   

「地域の外のひとへ」は、ユタラボのスタッフそして益田市の子どもやおとなが、自分が体験して、感じる益田の魅力を発信する事業であり、また地域の外から人を迎え入れて、益田の魅力を体感してもらう事業でもあります。「豊かな暮らしトークセッション」は、益田での豊かな暮らしについて、それを紹介しつつ、豊かな暮らしとは何なのかを考えるためのオンライン・トークイベントです。さまざまに幸せや豊かさの物差しを持っている「ひと」を招いて、オンラインでトークセッションを行っています。年4回ほど開催されています。

   

「益田暮らし体験ツアー」は、丸一日をかけて、地域の外の人たちに、益田市内の仕事・家庭・地域社会・伝統芸能・趣味など多様なライフキャリアの時間を提供するプログラムです。その過程で、自分はどのようなライフキャリアを描こうとしているのか、ユタラボのスタッフがかかわってワークショップを行うことで、自分の人生をデザインするきっかけづくりとなることが目指されています。

    

「大学生インターンの受け入れ」は、その名の通り、全国のインターン希望の大学生を受け入れて、ユタラボのスタッフとして活動してもらい、自分のこれからの人生を考えるためのプログラムです。多くの場合、1年間大学を休学し、週4日ほどユタラボのスタッフとして活動し、益田市内のさまざまな取り組みを体験し、さらにそれ以外の時間には、地域活動に積極的にかかわることが期待されています。インターン生には、シェアハウスが提供されています。私の学生も、しばらく顔を見ないと思っていたら、ユタラボのインターンになっていて、それまで見せたこともない生き生きとした姿を見せてくれたことに驚いたことがあります。

    

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※写真はイメージです

    

対外的な発信事業としては、さらに「Masuda no Hito」があります。これは、「ひとが育つまち益田」のウェブサイト運営補助の委託事業です。益田市のひとの魅力を発信するウェブサイトに載せる記事を、益田市内で生活を楽しんでいる人たちを取材して執筆し、掲載しています。

(次回につづく)


             
   
   


     

 

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