仕事・働き方

航空自衛官・山下省子さんの志望動機。スイッチが入ったきっかけは「東日本大震災」

2020.10.30

毎年のように起こっている自然災害。そんなときに感謝せずにはいらないのが、自衛隊のみなさんです。自衛隊といえば男性のイメージが強いですが、女性もたくさん活躍しています。今回は岐阜基地・第2補給処の山下省子さんに話をうかがいました。仕事内容や入隊の動機、知られざるプライベートまで、航空自衛隊の「やる気」に迫ります!

   
  

山下省子(やました・しょうこ)

熊本県出身。2014年、お茶の水女子大学を卒業後、航空自衛隊に入隊。一般幹部候補生課程を経て翌年、美保基地・第3輸送航空隊に配属。補給隊燃料小隊長に。2017年、2等空尉に昇任。補給隊在庫管理班長に。2018年から岐阜基地・第2補給処に配属。アメリカ合衆国で半年間、後方幹部課程を経て1等空尉に昇任 。補給職の幹部として活躍中。

  

航空機の部品からオフィス機器まで


  

――航空自衛隊のパンフレット『空女』を拝見しました。自衛隊といえば、たくましい男性のイメージが強かったのですが、女性もたくさん活躍されているんですね。

  

そうですね。平成20年は約2000名だったのが、現在は3000名以上になっています。今、女性をどんどん増やしていこうという動きもありますので、今後もさらに増えていくと思います。

  

航空自衛隊のパンフレット『空女』には、多彩な職種で活躍する女性自衛官が紹介されている

  

――航空機の操縦士をはじめ、整備などの技術職、災害派遣の空中輸送員、 薬剤師 、法務、歯科衛生士など、職種もいろいろあるんですね。

  

そうなんです、すごく幅が広くて。私も就職活動をしているとき、自衛隊の広報の方から「自衛隊には本当にいろいろな職種があるので、 自分の夢や希望を実現できますよ 」と言われたんですけど、入ってみて本当にそうだなぁと 思いました。

  

男性しかできなかったような職種も開放されてきて、私の同期も初の女性戦闘機パイロットだったりしますし、どんどん広がっていますね。

  

――山下さんは補給職の幹部ということですが、どんなお仕事なんですか?

  

航空自衛隊が任務を遂行するうえで必要とする、あらゆる物品を取得する職種です 。航空機の部品からオフィス機器まで、ありとあらゆるものを取り扱っています。

  

必要となってから買いに行くのでは間に合わないので、いつ頃に、どれくらい必要になるのかを予測して、 先行的に発注して準備しています。何万品目もあるので。

   

――何万! 仕事としてはデスクワーク?

   

今やっている仕事は、完全なるデスクワークですね。私は K/C-130H、KC-767とKC-46Aという3種類の輸送機の担当で、 フライトの前後や何時間飛んだら整備しましょうねって決まりがあったり、航空機の部品等に不具合が発生したりするので 、そういうときに必要となる部品を調達しています。

  
  
  

自衛隊の災害派遣を見て「すごい…!」


  

山下さんが担当する機種のひとつ「KC-767」。優れた輸送性能と航続距離、世界初の遠隔視認装置を採用した空中給油機能を持つマルチプレーヤー。

  

――山下さんは、もともと自衛隊の活動や航空機に興味を持っていたんですか?

  

正直、全然なかったです(笑)。自衛隊に入ろうと思ったこともなかったですし、そもそも自衛隊がどういう活動をする組織なのかも知らなくて。

  

――では、どうして自衛隊に?

  

大学2年生のときに、東日本大震災が発生しまして。自衛隊の災害派遣が連日報道されていて、大変な状況のなかで活躍する自衛隊員の姿を見て「すごい…」と思って。そのときに初めて「そういう活動をする組織なんだ」と知って興味を持ちました。

  

――もともと正義感とか社会貢献意識が強かったんでしょうか?

  

意識したことはなかったんですけど、そうだったのかもしれません。小学生の頃は、剣道をやっていたこともあって、警察官に憧れていたので、今思えば、そういう気持ちが自衛官の道につながっていたのかなって。

  

ただ、そういう夢も大きくなるにつれて忘れてしまって。大学時代は「これをやりたい」という明確な夢みたいなものもなくて、将来についても、英語を使った仕事をしたいと、なんとなく思っているだけでした。

  

でも自衛隊のことはずっと頭に残っていて、就職活動を進めるなかで、自衛隊には 災害派遣だけではなく、国防、そして、PKOなど国外における任務もいろいろな任務があることを知って 、それなら英語を使った仕事もできるかもしれないと思って試験を受けた次第です。

  

――自衛隊は訓練が厳しいと聞きますが、体力は自信ありました?

  

全然なかったです(笑)。小中高と剣道をやっていましたが、習い事って程度でしたし、運動もあまり得意ではなくて。だけど、意外となんとかなります!

  

一般の大学から入隊すると、最初の10ヶ月は「幹部候補生学校」というところで、いろいろな勉強とか訓練をするんですね。入ったときはまったく体力がなかったんですけど、その学校でいろいろ訓練するうちに体力がついてきました。

  

その学校を出たあとも、1年に1回以上、体力測定が行われたりするので、体力はなくちゃダメなんですけど、入ってからでも鍛えられます。

  

あと意外に思ったのは、自衛隊って規律があってガチガチに統制されているようなイメージを持っていたんですけど、組織の風土としては自由で。もちろん規律はあるんですけど、結構いろんなことを自由にやらせてもらえるんですね。

  

上下関係もすごく厳しいのかと思っていましたが、それよりも任務達成に向けて、今何が必要なのかを考えるほうが大事で、自分の意見も言えます。思っていたよりも、ずっと風通しの良い組織でした。

  
  
  

自衛官としての仕事と生活


  

アメリカ留学で仲良くなった韓国空軍の女性たちと。写真左の女性はパイロット、中央の女性は会計業務を行なっている。

  

――自衛官として実際に任務につかれてからは、どうでした?

  

私の場合、一般大学卒業後、一般幹部候補生として採用されたため、幹部候補生学校卒業後はすぐに幹部になり、鳥取県の美保基地に配属されて、輸送機部隊の燃料小隊長という役割を与えられました。年齢的にはいちばん下なのに、 部下はほぼ全員年上でした。

  

知識も経験も、すべてその方たちのほうが持っているのに、上に立って命令や指導をしなくてはいけない。最初はそのギャップに結構苦しみました。

  

何も知らないので間違えることはたくさんあるんですけど、やっぱり間違った命令をしてはいけない。20代前半なので多感な時期でもあったんですけど、幹部として恥ずかしい行いを見せるわけにはいかない。「ちゃんとしないと!」と思いましたね。

  

――幹部ならではのプレッシャーがあるわけですね。

  

今いる岐阜基地の補給の仕事でも、自分の予測が外れてしまったり、調整がうまくいかなくて必要なものが買えなかったりすると、大事なミッションがあっても予定通りに行えなくなってしまいます。どの職種もやっぱり難しさや緊張感がありますが、だからこそ無事に任務を達成できたときは大きな喜びがあります。

  

――自衛官としての生活はどうですか。たとえば、基地内に住まなくてはいけないといったプライベートの制限はあったりするんでしょうか?

  

職種や立場によります。重要な役職についている人は、災害などがあったときのために基地の近くに住まなきゃいけなかったり、 パイロットや整備員で当番にあたっている人は、休日でも決められた時間内に出勤できる態勢を取るようになっていたりします。

  

でも、幹部は基地の外に住むことになっていて 、基地の外に官舎がありますし、自分でアパートを借りてもいいようになっています。私も最初は官舎に住んでいましたが、今はアパートで暮らして自炊しています。お休みもしっかり取れますよ。

  

――意外と自由なんですね。噂によると基地の食事はすごく美味しいとか?

  

そうなんです!基地ごとにいろんな特色があって、切磋琢磨されているので、すごく美味しいんですよ。ただ、器が大きくて量が多いので、どうしても食べすぎてしまうんですけど、半ば強制的に運動する時間が与えられるので、女性としては体型維持ができるのは嬉しいポイントです(笑)。

  
  
  

アメリカ留学の挫折と成長


  

アメリカ留学で通っていた補給職の仕組みを学ぶ専門学校のクラスメイト

  

――入隊して6年、いちばん「やる気」が高まったのはどんなことでした?

これは挫折の経験でもあるんですけど、入隊して4年目にアメリカ留学をしたことがあったんです。自衛隊にはいろいろな留学制度があって、私は米空軍の補給や輸送の仕組みを学べる専門学校みたいなところに半年ほど留学することができました。

  

――国外任務は、目標のひとつだったんですよね。

  

はい。そのために英語の勉強もしてきたんですけど、授業を理解したり、日々の生活で使うには到底足りるレベルではなくて。間違えたら恥ずかしいという思いもあって、最初はなかなか喋れなくて、部屋から出るのも怖くなってしまいました。

  

でも同じ留学生のなかに陸上自衛隊の40代くらいの方がいて、語学レベルは私と同じくらいなのに、趣味や人生経験が豊富で、韓国人にサーフィンを教えたり、アメリカ人に家具を作ってあげたりして、どんどん話しかけて積極的に交流してるんです。

  

それって英語力じゃなくて、人間力の差なんだなって…。まだまだ自分は人間として世界に通用する存在ではないことを痛感して、すごく落ち込みましたが、もっと人間力を高めようという新しい目標ができました。

  

――挫折しそうになったことで、逆にやる気が高まった?

  

はい。帰国してからは英語の勉強だけでなく、登山やキャンプに行って趣味を充実させたり、仕事に関してもプロフェッショナルとして世界でも通用するようにもっと頑張って、人間力を高めることを目標にして今も過ごしています。

  
  
  

任務を与えられなくても災害に備える


  

山下さんが担当する機種のひとつ「 KC-130H 」。愛称は「ハーキュリーズ」。世界各国で採用されている戦術輸送機。空挺隊員64名を乗せることができる。

  

――もうひとつの目標だった災害派遣に関わることはできましたか?

  

それは残念ながら直接的にはまだなくて。 自衛隊の基地は全国にあるので、災害が発生した場所から近い基地の部隊が派遣されることになっているんです。

  

最近でいえば、地元の熊本で豪雨災害があったときに、私はたまたま実家に帰っていたのですが、陸上自衛隊の活動をただ見ていることしかできなくて…。 でも私たちには補給という任務があるので、遠い基地から物資をどんどん集めて、災害派遣に行く部隊にものを送るとか、そういう間接的な任務にはたずさわっています。

  

――間接的ではあっても、重要な仕事ですね。

  

はい。たとえ任務を与えられていなくとも 、災害が起こったときは、職場のみんなの目の色が変わるんです。連絡をしなくても、みんな職場に集まってきて、もしかしたら何か任務が来るかもしれないから備えておこうって、事前に準備を始めたりするんですね。

  

入隊して初めてそういう光景を見たときは「やっぱりこういうのが自衛隊なんだな」と誇らしく思いましたし、私自身もいつでも行けるように備えています。

  

今年1月にオーストラリアで森林火災があったときは、私が担当している C-130H という機体が現地に向かいました。どれくらい消火活動に寄与できたかはわかりませんが、自分が頑張っていろんな部品を買ったことによって、そういうミッションに参加することができて、間接的にでも協力できたことはすごく嬉しかったです。

  
  
  

夢がない人も絶対にやりがいが見つかる


  

「この仕事が好きなので、結婚や出産をしてもずっと続けたいです」(山下さん)

  

――今、就職に夢を持てない人が多いそうです。自衛隊も就職の選択肢のひとつだと思いますが、自衛隊に興味を持っている人に伝えたいことはありますか?

  

興味がある方はもちろんですが、むしろ興味がない方にこそ自衛隊のことを知ってほしいです。私も学生時代、やりたいことが見つからなくて、ぼんやり生きていたところがあったんですけど、自衛隊に入ることで夢や目標を見つけられました。

  

自衛隊にはいろんな職種がありますし、やっていること自体もすごく意味のある活動です。教育の機会もいっぱい与えられるので、自分自身の能力アップもできます。

  

女性が結婚や出産をしてライフステージが変化しても、それに合わせて柔軟にキャリアプランを選ぶこともできます。

  

自衛隊って男性社会で閉鎖的なイメージがあるかもしれませんけど、男性隊員はみんなびっくりするくらい優しくて、セクハラとかパワハラとかも、私が知っている限り全然ないんですよ。そういうところに対する意識がすごく高い組織なんです。

  

――お話を聞いていると、すごくいい職場なんですね。

  

そうなんです。 お給料の面でも、公務員ですから手当ても充実していて、官舎に住めるので、生活もあまりお金がかかりません。給与の額面だけで比較するともっといいところはあるかもしれませんが、そういう意味でもいいと思います(笑)。

  

今、夢や目標がない人でも、やれることがたくさんあるし、やりがいも絶対に見つけられます。そういう魅力もありますよ、ということはお伝えしたいですね。

  

――山下さんご自身の今後の夢は?

  

私はもう一回、海外で仕事をしたいです。一回留学はさせてもらえたんですけど、先ほどもお話したように挫折の経験だったので、英語も勉強しつつ、人間力も高めて、もう一度チャレンジしたいです。 国防をはじめ、災害派遣やPKOなど国外にもいろんなミッションがあるので、そういうときに活躍できる自衛官になりたいと思っています。

  

――今後のご活躍もお祈りしております。本日はありがとうござました!

  

アメリカ留学で通っていた語学学校のクラスメイト。大きな影響を受けた陸上自衛隊の男性とアメリカ人の大学生女性との卒業記念写真。山下さんにとって人生の転機に。

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この記事を編集した人

タニタ・シュンタロウ

求人メディアの編集者を経て、フリーランスとして活動中。新卒・転職・派遣メディアの編集協力やライティングなどを行う。著書に『スローワーク、はじめました。』(主婦と生活社)など。

 
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