仕事・働き方

雲研究者・荒木健太郎さんの雲ツイートのワケ。やる気の源泉をたどる!

2020.05.5

落ち込んでいる時や疲れた時、ふっと雲を眺めると、なんだか癒されませんか?研究者の荒木健太郎さんは雲の研究をする一方で、SNSであらゆる雲の様子を発信しています。はたしてそれはどんなやる気に基づいているのでしょうか?

「雲は身近な大自然です。不安に感じること、頭に来ること、悲しいこと、苦しいこと、いろいろなことがあると思いますが、気分転換に雲や空を眺めてみてください」

2020年3月上旬、1通のツイートが多くの人の共感を呼びました。投稿したのは、美しい雲や空の写真を毎日何度もSNSにアップし、映画『天気の子』の気象監修などでも知られる、雲研究者の荒木健太郎さん。

雲を愛でることは、心を穏やかにするだけでなく、災害から身を守ることにもなるといいます。雲をこよなく愛する荒木先生に、雲のことを発信するやる気について迫りました。

荒木健太郎(あらき・けんたろう)

雲研究者・気象庁気象研究所研究官・学術博士。
1984年生まれ、茨城県出身。慶應義塾大学経済学部を経て、気象庁気象大学校卒業。地方気象台で予報・観測業務に従事した後、現職に至る。専門は雲科学・気象学。防災・減災のために、豪雨・豪雪・竜巻などによる気象災害をもたらす雲の仕組み、雲の物理学の研究に取り組んでいる。著書に『雲を愛する技術』、『世界でいちばん素敵な雲の教室』『雲の中では何が起こっているのか』『せきらんうんのいっしょう』『ろっかのきせつ』、気象監修に映画『天気の子』など。

 
  

そもそも「雲研究者」の仕事とは?


――基本的なことですが、荒木先生は「雲研究者」として、どんなことをされているのでしょうか?

職業としては気象庁の研究者で、災害をもたらす雲の仕組みを調べています。もともと防災をやりたいと思っており、防災情報の高度化に繋げる研究をしています。

災害をもたらす雲というのは、まだ予測できないところがあったりするんですね。そういう雲を高精度に予測したり、監視技術を高度化したりすることを基礎的な部分から事例解析や統計分析も含めてやっていって、注意報や警報を早く出せることを目指しています。

――この災害のときには、こういう雲が出ていたとか?

そのときの雲の仕組みもそうですし、あとは雲ができる大気がどうなっていたのか。レーダー観測ってあるじゃないですか。例えば、荒天をもたらす積乱雲の寿命って、だいたい30分とか1時間とか言われているんですけど、雲の中で雪や雨の粒子がある程度成長しないと、レーダーでは見えないんです。

もっと早く予測するためには、雲になる前の水蒸気の状態から監視をしないといけないので、水蒸気観測の技術開発をしたり、その周辺の大気がどうなっているのかを調べたりもしています。

――そうした研究の一方で、毎日SNSで情報発信をされたり、本を書かれたり、講演もされていますよね。そういう活動は、多くの人に雲の魅力を伝えるためですか?

いい質問ですね(笑)。そうしたこともすべてまとめて「雲研究者」という肩書きを名乗っています。というのも、防災情報をいくら高度化しても、使ってもらえないと意味がないんですね。

例えば、ゲリラ豪雨ってあるじゃないですか。実はあれって、ちゃんとした気象用語ではないんですよ。

実態としては、気象庁でいうところの「局地的大雨」。積乱雲によってもたらされる短時間の強雨のことで、レーダーで積乱雲の位置や動きを見ていればある程度は予測できるんです。そのことを知っていれば、ただの通り雨にできるんですけど、そういう情報を持っていない人にとっては、ゲリラになってしまう。

そういう現象がたくさんあるので、多くの人に情報を使うことを能動的にやっていってもらうことが必要だなと思って、まずは興味を持ってもらえるように、本を書いたり、SNSで情報発信をしています。

――しばしば話題になる「地震雲」というのも、実はないという話ですよね。

雲は地震の前兆にはなりません。地震雲と呼ばれている雲も、実は日常的によくある雲なんです。

「地震雲はあるのかないのか」という問いに対して正確に答えるのなら、「地震雲の存在は証明されていない」ということになります。ただし、存在しないことを証明するという問題は難しく、このように答えると「それなら将来的に存在が証明されるのでは?」と思われるかもしれません。

しかし、地震雲と呼ばれるような雲は全て気象学で説明できてしまうので、もし仮に未解明な地下からの影響があったとしても、大気の影響が支配的な雲の形や状態などからそれを我々が目で見て判断するのは不可能なのです。そのため、「雲は地震の前兆にはならない」ということは間違いありません。

例えば、立っているように見える「飛行機雲」が地震雲と呼ばれたりするんですけど、別に立っているわけじゃなくて、たまたま見ている飛行機雲が自分と同じ方向を向いているだけ。ちょっと離れた場所から見ると、普通に横に広がっている雲がそう見えるだけなんですね。

資料:荒木健太郎『雲を愛する技術』図4・91

「吊るし雲」なんかもそうですね。UFOみたい形をしているので気味悪がられたりするんですけど、これも山の近くなどに行くと、よく見る雲なんですよ。吊るし雲は、山を越える気流によって生まれる雲で、上空の強い風に乗っているから、こういう形になっているだけなんですね。

吊るし雲が見えたら、上空の風が強いという証で、登山中に見かけたら天気の急変のめやすにもなる雲なのです。天気が悪くなる予報が出ているときに山の近くなどの空を見ると、特別珍しくもない、ありふれた雲なんです。

――普段あまり雲を見ていないから、たまたま見た変わった雲を怖がってしまう?

そうなんです。地震雲として騒がれているような雲は、すべて気象学で説明できます。それでも地震雲という非科学的な考えが世間でたびたび話題になるのは、雲のことをみんなよく知らないからですよね。だからこそ、多くの人に雲に興味を持ってもらって、デマに踊らされず、気象情報を正しく使ってほしいんですよね。

 
  

「数学が好き」から気象の世界へ


――先生の活動やお話からは、並々ならぬ雲への愛を感じるのですが、もともと雲が大好きで気象学を始めた、というわけではなかったそうですね。

そうですね。雲を好きになって、「雲についてみんなに知ってもらいたい!」というモチベーションが沸いてきたのは、わりと最近なんですよ(笑)

もともとは数学が好きで、高校時代は数学を使って身近な分野の応用研究とか実用研究をしたいという思いがあって、最初は慶應の経済学部に入ったんですね。ところが、そこではあまりいい出会いがなくて、1年でやめて気象庁の気象大学校というところに入り直しました。

――なぜ数学から気象の道へ?

気象学って物理数学なんです。例えば、天気予報をするときって、今わかっている方程式、流体力学とか熱力学の方程式とかを組み合わせた数値予報モデルというのがあって、そこに大気の情報を観測して入れるんですね。要は、時間に関する微分方程式を解いていくんですよ。なので、数学が応用できる分野のひとつとして気象を選んだだけで、雲に特別興味を持っていたわけではなかったんです。

――気象の学校を出て、最初は地方気象台に勤務されたんですよね。そこではどんなお仕事を?

気象台でやっていたのは、実際に予報をしたり、観測したり、注意報や警報を発表するような仕事だったんですけど、気象ってまだわかっていないことが多くて、普通に日々、天気予報をやっていて扱う現象でも、天気予報を外しちゃうような事例があったりするんですね。

特に雲まわりは、現場で詳しく調べられなかったり、観測もそんなに多いわけではないので、わからないことが多い。それでやっぱり研究しなきゃいけないよねってことで、気象研究所に来ました。

 
  

好きになった瞬間は、むしゃくしゃ描いた落書き


――雲を好きになったのは、2014年に発表された初めての著書『雲の中では何が起こっているのか』を書いているときだったそうですね。

そうですね。それまで雲は研究対象としてしか見ていなかったのですが、一般の方に伝えるときにどういう風に表現したら、わかりやすくなるかってことを考えたときに、雲を擬人化してみようと思ったんですね。

そこで初めて雲の心情を考えて、物理的に正しい説明をキャラクターとかを使ってやっていくうちに、だんだん好きになってきた、というかんじですね。

――好きになった瞬間って覚えていますか?

雲の教科書の執筆依頼を受けて、しばらく忙しくて放置していたころです。そのころ、研究がちょっと行き詰まっていて、むしゃくしゃして落書きをしたんですよ。それが「積乱雲の一生」って落書きだったんですけど、そのときがいちばん最初だったかもしれません。初めて「雲目線」になれたというか(笑)。

この落書きが結構ウケて、こういうゆるいキャラクターを使って、一般の方に向けてわかりやすい解説をすることをメインにできました。

その後に書いた本もそうですし、小さなお子さんにも楽しんでもらえるように『せきらんうんのいっしょう』という気象絵本も出すことができました。

――この落書きが、その後の活動の大きな転機になった?

そうですね。この落書きをきっかけに、初めて「雲の心」をどう表現できるかを考え、雲と真正面から向き合いました。すると、それまで研究対象でしかなかった「雲の声」が聞こえてきたんです。

――「雲の声が聞こえる」とは、どういうことなのでしょうか?

雲って大気の状態を可視化したものなんです。大気の状態が不安定なときは、積乱雲が発達したり、荒天をもたらすような雲になることが多いんですけど、そういうモクモクした雲は、大気の状態が不安定ってことを「見える化」しているんですね。

雲の形とか状態を見ることで、空がどうなっているのか、これからどうなりそうかってことも含めて、いろいろなことがわかる。それを「雲の声を聞く」「雲の心を読む」という言い方をしています。

――天気が予測できる、みたいな?

そうですね。雲や空を見て「なんかおかしいな」と思ったら、レーダーを使えば、天気の急変を予測できることが多い。気象用語でいう「観天望気」というのは、空や雲を見て天気の変化を予想するという昔からある技術なのですが、今はそれだけじゃなくて、レーダー観測と組み合わせて使うことが大事だと思います。

最近はレーダー情報も見やすい状況になっていて、スマホで「レーダー」と検索してもらえれば誰でも簡単に見ることができます。気象庁はもちろん、Yahoo!天気・災害日本気象協会ウェザーニュースなど、いろんなアプリがありますから、使いやすいものを使ってもらえればいいと思います。

空がいつもよりご機嫌ななめに見えたら、レーダーで積乱雲がどこにいて、どんな動きをしているのかや、これから自分のいる地域にきそうかどうかという情報も含めて、見てもらえれば、災害から身を守ることもできます。

本を書きながら、自分はどうして雲の面白さを伝えたいのだろうかと考えていて、防災・減災に繋げたいということだと気づきました。この経験が、今のモチベーションの源泉になっていますね。

 
  

ショックだった一言からの気づき


――雲の声を聞いて、心を読めば、天候な急な変化にも対応できるわけですね。

私がその大切さを痛感したのは、2015年の関東・東北豪雨がきっかけでした。初めて本を書いてから一般向けの講演もするようになって、2014年の秋から翌年の春にかけて、茨城県の常総市で何回か講演をしたんですね。そのときに「集中豪雨はどこでも起こり得るし、近くの鬼怒川が氾濫することもあるから、日頃からハザードマップを見て備えておきましょうね」って話をしたんです。

ところが、2015年9月に関東・東北豪雨が起こって、本当に鬼怒川が決壊して、講演していた会場も水浸しになって、大変な被害が出てしまいました。

その後、被災されて講演にも参加された方々に話を聞くと「まさかこんなことが起こるとは思っていなかった」と口にされていたんです。その言葉を聞いて、改めて考えさせられました。講演に参加して一時的に防災に対するモチベーションが上がっても長続きしないということを実感しました。

――たしかに災害が起こった直後は防災意識が高まっても、すぐに忘れてしまったりしますよね。

私自身も、気象学を志して、気象災害の現場を目の当たりにするまでは、防災についてさほど深く考えたことはありませんでした。テレビで災害の様子を見ても、自分とは関係のない他人事のように思っていました。でも、災害が自分事になってからでは遅いこともあるんですよね。

ただ、そうはいっても肩に力を入れっぱなしの状態では、そんなに長くは続きません。能動的に防災をするには、楽しく続けられる仕組みが必要だという考えに至りました。

雲の写真を撮るようになったのは自分が雲を好きになった頃からだったのですが、日常的に雲や空を意識してもらえるようにSNSにそんな雲の写真をアップしたり、『雲を愛する技術』という本を書いたりして、楽しみながら身につく気象の知識や、いざというときに使える情報を発信するようになりました。

例えば、雨上がりの空で美しい虹に出会えることがありますが、多くの方にとって虹は偶然出会うものだと思います。しかし、虹は太陽と反対側の空で雨が降っているときに現れるので、レーダーの雨量情報で雨雲が通り過ぎるタイミングで太陽と反対側の空を見上げると、高確率で虹に出会えるようになるんです。

このように、美しい景色を見たり、気象を楽しむためにレーダーの雨量情報を使っていれば、それがいざというときにも役に立つんです。楽しんでいるうちに防災の知識が身について、もっと楽しめるようにもなるんです。

防災は、自分ひとりでどうにかできることではないんですよね。SNSや著書で情報発信することを通じて、まずは雲や気象に興味を持ってもらうことが大切だと考えています。その人が自分で写真を撮ってSNSに投稿したり、危ないときに情報発信をするといったリーダーシップを育成していけると、その人の近くにいる人たちにも声が届くようになる。そういう輪を広げていくことが大事だと考えるようになりました。

 
  

雲を愛する「雲友」が増えてきた


――それから約5年、先生のツイッターは約14万人もの人にフォローされています。雲を楽しむ人がどんどん増えてきて、 先生のやる気が多くの人に伝わっているのではないでしょうか?

そうですね。私の雲の著書のタイトルから、ツイッターには「#雲を愛する技術」とか「#雲の教室」というハッシュタグができて、ひたすら雲画像を投稿している人たちもいるんですよ。熱心な「雲友」のみなさんがけっこう大勢いらっしゃいます。こういう風に雲が好きな人たちのコミュニティができたことも成果のひとつかもしれないですね。

――2019年には、新海誠監督の映画『天気の子』の気象監修もされていますよね。これも多くの人たちに雲や空に興味を持ってもらうきっかけとして大きかったのではないですか?

そうですね。『雲の中では何が起こっているのか』を読んでくださった新海さんから声をかけていただいて、ストーリーを見ながら、気象学的にはどういう風にしたら正しくなるかとか、科学的整合性を取るにはどうしたらいいかとか、打ち合わせをしながら、気象に関する監修していきました。

――じゃあ、あの映画で描かれている雲や気象現象は、かなり現実に即しているんですか?

そうですね。相当細かくやっていますから。

『天気の子』をご覧になって、気象予報士になるための勉強を始めたっていう人が、1人や2人ではなくて、すごくたくさんいるんですよ。興味を持ってもらうきっかけとして、とても良かったと思いますね。

――今、先生が認識されている、雲を愛する「雲友」のみなさんは、どれくらいらっしゃるんですか?

数はわからないですが、例えば『雲を愛する技術』という本を出したときは、希望する方に事前に初稿を読んでもらってコメントをいただくというキャンペーンをやったんですね。そのときは685名の方に参加してもらって、本の最後に「スペシャルサンクス」として名前も掲載させてもらったんです。

そうやって参加してくれる人って、すごく熱心な方が多くて、非常に多くの有益なコメントを送ってきてくださって、書籍の原稿をブラッシュアップできました。どこの表現がわかりにくいとか、ここはこうしたほうがいいとか、校閲的なこともやっていただいたりして。

――みなさん、一般の方なんですか?

はい、他分野の研究者や医師、編集さん、ライターさんもいます。もちろん普通の主婦の方とか、中高生もいますし、本当にいろいろな人がいますね。そういう企画に参加してくれる人たちは自分事として参加してくださるので、すごく熱心に最初から最後まで読んで考えてくれるんですね。

そういう意味では、先程お話した危ないときに情報発信をするといったリーダーシップの育成に、深くつながると思っています。こういう取り組みを通して育っているという意味では、1000人以上はいるかもしれませんね。

――そうやって荒木先生みたいな人が、何千人、何万人と増えると、防災リテラシーも高まっていく?

そうですね。リテラシーが高まって、その近くにいる人たちに情報をどんどん伝えていって、またその中からやる気になって、リーダーシップを発揮して、情報発信をしていく人が育っていくと、飛躍的に気象に関する防災リテラシーを持った方が増えていくってことですよね。「楽しい」というのは広がりやすいと思うので、こういう活動は今後も続けていきたいですね。

――雲や空を見るのが楽しみになってきました。本日はお忙しいところ、ありがとうございました!

雲について詳しく知りたい人におすすめの3冊

世界でいちばん素敵な雲の教室
雲のしくみをはじめとする、空に関するさまざまな現象を、美しい写真とともに、シンプルなQ&Aで解説。雲に初めて興味を持った人におすすめの一冊(荒木健太郎・三才ブックス・2018年)

雲を愛する技術』
豊富な写真・図版と雲科学の知見から、身近な存在でありながら本当はよく知られていない「雲」の実態に迫る。もっと詳しく知りたくなった人におすすめ(荒木健太郎・光文社新書・2017年)

雲の中では何が起こっているのか』
雲ができる仕組みから、雲と気候変動との関係まで、雲の仕組みの研究者が雲の楽しみ方をあますことなく伝える。雲の科学的背景にも興味を持った人におすすめ(荒木健太郎・ベレ出版・2014年)


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この記事を編集した人

ほんのまともみ

やる気ラボライター。様々な活躍をする人の「物語」や哲学を書き起こすことにやりがいを感じながら励みます。JPIC読書アドバイザー27期。

この記事を担当した人

わん子

やる気ラボに古くからいる微魔女犬。やる気が失せると顔にでるためわかりやすい。my癒しは、滝と戦闘機と空を見上げること。

 
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