生活・趣味

71歳のB-BOY天野義廣さん!60歳から巻き返して咲かせた青春

2020.05.27

福井県勝山市在住の天野義廣さんは御年71歳のブレイクダンサー。本格的にダンスをやるようになったのはなんと60歳から。どんな理由で始めたのか?また10年余り続ける中で高まってきたやる気とは?活動の原点に迫ります!

 


 

天野義廣(あまの・よしひろ)

1949年生まれ。福井県勝山市出身。高校教員、大学非常勤講師を経て、60歳よりブレイクダンスを始める。 普段は農業を営み、ダンススタジオ「 advanstar (アドバンスター)」に通いながらダンスを学ぶ。年齢を感じさせない精力的な姿はブレイクダンス界を中心に注目が広がり、すでに地元メディアなどで多く取り上げられている。
Instagram : amanomore

 

きっかけは少年時代の思い出



本日はよろしくお願いいたします!
いつもインスタグラムで天野さんのダンスを見ています。ダイナミックな動きに果敢に挑戦される姿などを見て、元気をもらっています。


ありがとうございます。インスタグラムにアップしている振りはすべて自分で考え、音楽も作曲アプリを使って自分で作っているんです。


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たまにこんなことを想像して一人で楽しんでいる。 朝起きてから寝るまでの誰かの生活を撮影して、速回しで見たらどんなだろう。チャップリン映画の速回し場面のように。そして背景をカットして身体の動きだけ見れるとしたら、ダンスみたいに見えないか。社会的な立場や職業によって、また年齢によってずいぶん違ったダンスになるに違いない。我々人間は、いつも一人ひとり踊っている。いや、生きているものすべてが踊っているのだ。世界はいろんな踊りで満ちている….. そうだ、私たちは自分のダンスを踊りにこの世に生まれてきたのだ…. Sometimes I imagine as follows and enjoy them alone. What happens if I take a video of someone’s daily life from waking in the morning until he/she goes to bed and watch it with high-speed like the fast-moving scene of Chaplin movies? And if I could cut off the background and see only the body movements, wouldn’t it look like a dance? Depending on one’s Social position, occupation, age, and so on, the dance might be very different. We humans are dancing each other all the time. Moreover, all creatures are dancing every day. Our globe is full of various dances…. Yeah, we are born in this world to play own dance…. #bboy #bboyamano #amanomore #天野義廣 #70y/o #breakdance #hiphop #mystyle #fantasy #GarageBand #ownbeats #advanstar #臼井企画 #JAPAN #March13,2020

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すべてオリジナルなんですね。すごいです!頭の中にあるイメージをアウトプットして、「やりたいことをやっている」姿はとても輝いて見えます。

ところでブレイクダンスは60歳から始めたそうですが、もともと60歳になったらやろうと決めていたのですか?


実はその前から興味があり、動画などを見て我流でやっていました。ただ以前は単身赴任をして働いていたので、仕事をしながら家のこともやり、その上ダンスの練習をするのは疲れるものでモチベーションが続かないこともあったんです。

それで自分の時間が欲しいと思って勤め先を早期退職し、地元の勝山市に戻ってきました。そんな折に東京で活動していたダンサーの中村剛さん(※)が、私と同じ街に帰郷され、近くでダンスレッスンを始められました。

一人で練習していると細かいところがわからないこともあったので、習いに行き、そこから本格的に始めたんです。


※中村剛(なかむら・たけし)
ダンサーネームは「FLY」。福井県内にて、ダンススタジオ「 advanstar 」を経営するほか、世界トップレベルのブレイクダンサーチーム「FOUNDNATION」に所属し、日本内外で活躍する。


ということは、もともとブレイクダンスのことは知っていたのですね。どのようにして出会われたのでしょうか?


それを話すには私の少年時代を語るところから始めねばなりません(笑)

小学校4年生の時、体操の授業で上級生が「空中転回」を実演してくれたんです。手を使わずに助走から空中で回転する技ですが、それを見て「人間ってああいうことができるのか」ととても感動しました。今でも鮮明に覚えています。

なぜそんなに心動かされたかというと、私はむかし体が弱く、しょっちゅう保健室に行くような子どもでした。だから自分と正反対に、はつらつと体を動かす人に憧れを抱いていました。


小学生の頃の天野さん


空中転回を見て以来、私はアクロバットな動きをする演舞に興味を持つようになり、中国の雑技団やサーカスを見るようになりました。アメリカ映画の『サタデーナイトフィーバー』を見てからはダンスもいいなと思うようになりました。

ブレイクダンスとの出会いは、テレビで見たストリートダンス紹介の番組が最初だったと思います。「こんなのもあるんだ!カッコイイなあ」と惹かれました。


幼い頃からの憧れがめぐりめぐって、今の「ブレイクダンサー天野義廣」を作ったのですね。

 

青春時代のリベンジ



ブレイクダンスといえば激しい動きで怪我をするのではないかというイメージがあります。60歳という年齢から始めることに不安はなかったのですか?


それはまあムチャクチャなことはしませんから(笑) 怪我をしてしまうとやりたいと思っていたことがそもそもできなくなってしまいますよね。できる範囲でやっていこうと思ってスタートを切りました。

また先ほどお話したように、子どもの頃は虚弱で、輝かしい青春時代を送っていなかったものですから、「このままでは人生終われない」という気持ちが強くありました。

自分では「不発の青春」と呼んでいますが、それをこの年になってなんとかして、人生のつじつまを合わせようとしているわけですよ(笑)


素敵な考えです!つまり子どもの頃の劣等感をバネにしているんですね?


そうですね。「憧れ力」という言葉も自分の中でキーワードにしています。「理想に近づくんだ!」という気概でやっています。


天野さんはブレイクダンスでどんなことをしていきたいと考えているのですか?


個性を出していきたいです。ブレイクダンスは数あるダンスの中でもオリジナリティを訴えていきやすいものだと思っています。


高校教員時代。この頃は「教師であるから」と世間の目を気にし、自分の人生を生きていないような気がしていたという


実は50代の頃に女性ダンサーが主宰するヒップホップ教室に通っていたこともあるんですが、そこでは先生の考案した振りを完全に覚えることが目標だったんですね。でも、それでは物足りなかったんです。自分らしいものを創っていきたかった。

もちろんこの教室ではダンスの基礎的なことをたくさん学べました。それを踏まえて次のステージとしてもっと体全体を使ってやりたいなと思ったのです。今は様々な動きを中村剛先生に提案しながらやっています。


思いついた「振り」をすぐ試せるよう、自宅ではいつもシューズを履いている


 

予想以上の世界の広がり



ブレイクダンスを始めて10年余りとのことですが、「やって良かった」と感じることはどんなことですか?


一つは仲間ができたこと、もう一つは人前で踊れるようになったことです。中村先生との出会いから色んな人との縁ができました。

ダンススタジオでは週に1回子どものクラスに入れてもらってきましたが、子どもでも彼らはとてつもない動きをするんですね(笑) たくさん刺激を受けました。子どもたちも私を受け入れてくれて一緒に切磋琢磨していきました。

現在は月1回の個人レッスンですが、訪れるとサイファー(輪になって交互に踊ること)やチームを組んでバトルをする時に自然に仲間に誘ってくれます。仲間がいることは心強く、楽しいです。

踊りを披露する機会にも恵まれました。イベントに参加すると、単なる発表にとどまることなく交流へとつながっていくのがいいなと感じています。

交流がまた新たな交流を呼び、世界的に有名なダンサーにレッスンしてもらえるなど、技に磨きがかかる以上に世界が広がりました。


生活も大きく変わったのでは?と思いますが、いかがでしょうか。


そうですね。スマホを活用する道が開けたは大きかったです。前までの自分では動画を撮ったりSNSをやったりするなんてことは全く考えられなかったです。

ですが中村先生をはじめ若い人との関わりが、私に新しいことを始めさせてくれました。

今ではインスタグラムに月2回、一回一回新しい技を入れて投稿するように習慣づけています。キャプションには英語でのメッセージも加えています。驚いたことにコメントをくださる方の多くは海外の方なんです。

このように反応をくださると励みになりますし、何よりファイトが湧きます!


2017年よりインスタグラムを始める

 

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私は人前に立つと必要以上に緊張するタイプです😰 教員時代、隣の席のSさんが「生徒たちに会えると思うと授業に行くのがとても楽しい」と言うのを聞いてびっくり😲 私の場合は控え室からリングに向かうボクサーみたいなテンションでした^^; 写真撮影のときや人前で踊るときも硬くなります🥵 自然体でいたいです👊 そんな私ですが、最近素敵な応援歌を見つけました。Sing J Royさんの歌う「TAKE IT EASY」です❗️YouTube で聴けます😊 I’m too nervous when I’m in front of other people 😰 When I was a teacher, I was surprised to hear that Mr. S, who was my younger fellow,said, “It’s great joy to go to classroom because I can meet my students.” 😲 In that case, my tension was like a boxer going from the waiting room to the ring ^^; I get nervous more than necessary when taking photos or dancing in public 🥵 I want to be natural attitude 👊That’s me, but recently I found a nice cheering song. This is “TAKE IT EASY” sung by Sing J Roy ❗️You can listen to it on YouTube 😊 #bboy #bboyamano #amanomore #天野義廣 #70y/o #breakdance #hiphop #mystyle #”actnaturally” #GarageBand #臼井企画 #advanstar #Japan #april20,2020

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自ら発信する手段を持てたのは、天野さんにとって新境地だったのですね。


スマホは図書館のような、知識を得るためのものだと思っていました。しかしこれを使って、世界へ自分の存在を発信することができた。全く予想しなかった晩年です(笑)

 

年齢は気にせず走り続ける



晩年と言わず、今後も元気いっぱいに活躍してほしいです!
最後に天野さんの夢を聞かせてもらえますか?


少年時代の自分に「カッコイイ!」と言ってもらえるような自分になりたいです。 自分の頭にある「とんだりはねたりしている姿」を出して自分にしかできない踊りを編み出していきます。

そして今の子どもたちにも「この人すごいなあ」とうならせたい!

現実には私は71歳ですが、年齢のことなんてもうどこかに置いてきました(笑)
これから先、どこまでやれるか自分でもワクワクしています。



まだまだ青春ですね!ありがとうございました。

 

天野さんを紹介したYouTube





 

 


 

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この記事を書いた人

ほんのまともみ

やる気ラボライター。様々な活躍をする人の「物語」や哲学を書き起こせることにやりがいを感じながら励みます。特に子どもの遊びや文化に携わる人、出版業界界隈に関心が高いです。JPIC読書アドバイザー27期。

 

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