仕事・働き方

ラッパー・TKda黒ぶちを作った1つの「偶然」と「行動」

2020.04.9

大人気MCバトル番組『フリースタイルダンジョン』で「3代目モンスター」として活躍中のラッパー・TKda黒ぶちさんに、そのやる気の源泉についてうかがいました。
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TKda黒ぶち

埼玉県春日部市を拠点に活動するラッパー。高速ながら聞き取りやすいラップを巧みに操るスタイルが特徴で、人気MCバトル番組『フリースタイルダンジョン』では「3代目モンスター」の1人ととして活躍中。また、Timeless Edition Rec.の代表で、HIPHOP専門ラジオ局WREPにて「Timelessチャンネル」のパーソナリティーも務めるなど、その活動は多岐にわたる。

 

ラップは
反抗の拳銃だった


 

早速ですが、TKda黒ぶちさん。
TKda黒ぶちさんとヒップホップの出会いを教えてください。

 

ヒップホップとの出会いは中2の時ですね。
それまであまり音楽を聴く習慣がなかったんですが、部活の時にたまたま流れていたRIP SLYMEを聴いてどっぷりとハマりました。「なんじゃこりゃ」という衝撃を受け、10代はほぼヒップホップ以外の音楽は聴きませんでした。

 

それでは、ラップを聴いてすぐに「俺もラッパーになろう!」というやる気スイッチが入ったのですか?

 

いえ、元々ラッパーではなくDJになりたかったんですよ。カラオケでも人前で歌うのが嫌だったので、後ろでやっているのがいいなというイメージでいたんです。

 

えぇ、じゃあどうしてラッパーに?

 

完璧に他力です。
高校1年生の頃に同じクラスの友達にDJをやりたいという話をしたら、たまたまその友達のお兄さんがラップをやっていて「会いたい」と言ってくれたんです。

 

ふむふむ。

 

でも友達のお兄さんに会ってびっくりしたんです。
その友達は要潤さんや菅田将暉くんのようなさわやかな人だったけど、お兄さんは西海岸のペイズリー柄を身にまとった、ギャングチックな超いかつい人だった。
そんな人に「君のことは聴いてるよ!ラップをやりたいんだよね?」と言われて、ビビってしまったんです。本当はDJがやりたかったのに、「はい」と答えることしかできなくて(笑)

 

漫画みたいなきっかけですね(笑)

 

「君、ラップやりたいんだって?やりたいんだよね?やるよね?」※イメージです

 

でもどうして、目立つことがあまり得意ではなかったTKda黒ぶちさんが、ステージに立ってラップしようと思えたのでしょうか?

 

「ちくしょう、見返してやる」が、俺のやる気スイッチでしたね。

 

と、言いますと?

 

俺、小・中学校で野球をしていて、将来の夢は「プロ野球選手」だったんです。でも自分の世代が、周りの小学校からエースが集まったいわゆるゴールデンエイジで、最後もベンチメンバーのままだった。
結局、高校に入って「野球はもういいかな」ってなっちゃったんですよ。

 

夢を挫折してしまったのですね。

 

あと、大失恋ですね。
同じころ、初めて超好きになった人がいたんです。自分ではその人と良い感じになったつもりでいたのに、とある日にあっさりと「彼氏ができた」と告げられたんです。当時の俺は、パッと変わってしまう女心というのが理解できていなかったので、勝手に「裏切られた!」みたいな感覚になってしまった。

 

それでは、そういった辛いことが重なって、ラップで見返してやろうという感情が生まれたのでしょうか?

 

そうです。「愛しさ余って憎さ百倍」の矛先が、音楽に向いたような感じですね。
「絶対見返してやるんだ!」と思ったとき、使えるツールが自分にはラップしかなかった。例えは悪いですけど、「こいつを殺したい!」っていう時にたまたま手に拳銃を持っていたみたいな感覚。あとは引き金を引くだけ、みたいな(笑)

 

その時は、すでにラップにのめりこんでいたのですね。

 

「怖いお兄さん」は本当はとてもやさしい方で、ラップのやり方からステージの立ち方にいたるまで、音楽の様々なことを教えてくれていたんです。

 

当時を振り返るTKda黒ぶち

黒縁めがねの
揺るがない信念


 

ヒップホップって、どうしても不良たちの音楽というイメージがあります。
TKda黒ぶちさんは、そんな世界に飛び込んでいくのは怖くなかったのですか?

 

もちろん怖かったですよ。
始めた当初は「てめえ、なんで眼鏡かけながらやってんだよ」と、ステージ最前列の暴走族ラッパーに中指を立てられましたね。
フロアでは、肩すらも絶対にぶつかれない状態。少しでもぶつかろうもんなら、ボコボコにされるような世界でしたから。

 

(うわぁ…)

 

でも、それ以上に俺の中に「こんなやつでもラップできるんだぞ!」という反骨精神がありました。怖さに勝る頑固さとでもいうんでしょうか。
「ヒップホップ=不良の音楽」ではなく、主張があれば誰でもできるものだと信じていたんです。

 

ヒップホップにかける信念は誰よりも強かったと。

 

そうです。そして必死にスキルを磨いて頑張っていると、 そんな状況の中でも認めてくれる人が現れるんです。最初は中指を立ててた人が「おまえ、あれよかったよ」と言ってきたり、ヤンキーみたいなやつも「おまえのスキルやべえよ」と言ってきたり。
真摯にヒップホップに取り組んでいると、多かれ少なかれ、外見じゃなくて心を見てくれる人がいることに気づきました

 

音楽を通して、お互いの心が分かり合えたのですね。

 

きっとその人たちも、「お前はヤンキーだ」というレッテルを張られ、世間から端っこに追いやられていた人たちだったんです。だからこそ、ヒップホップを通して俺の気持ちが理解できたんだと思います。

 

なるほど。見かけは違えど、みんな、悔しい気持ちを音楽にぶつけている仲間だった。

 

そもそも、ヒップホップが端を発するきっかけになったのが、70年代NYで流行ったブロックパーティーという黒人主催のパーティーなんです。黒人がバスに座っていたら「なに座ってんだよ」と言われるような時代。そんな時代に、白人もアジアンも関係なく、黒人がそこにいる人たち全員を呼んでパーティーを開いた。
ヒップホップはそんなルーツを持つだけあって、分け隔てのない音楽なんですよ。

 

「癒しの音楽」というような言われ方もされます。

 

本当にヒップホップを理解している人であれば、眼鏡をかけていたり人と外見が違ったりすることで差別したりしないんです。俺が眼鏡をかけた一般人だったからこそ、それを色濃く感じました。人として内面を見て接してくれる。それが当時、ラップを続けられた要因の一つだったと思います。
だから今も俺は、どんな見た目をしている人であろうと、ちゃんと内面を見て接するようにしているんです。

 

ひょんなことから始まったラッパー生活は、TKda黒ぶちさんの行きつくべき場所だったのですね。

 

https://youtu.be/2US6w3H2zlI

ニューヨークで
見つけた夢


 

そんなTKda黒ぶちさんですが、いきなりプロとして有名になれたわけではありません。
いつ頃から「ラップで生きていこう」と思われたのでしょうか?

 

俺が大学生の時に、ちょうど就職氷河期の真っただ中だったんです。そんな状況も手伝って、「バカげたことをやってやろう!」と思っていました。

 

バカげたこと?

 

ヒップホップの聖地・ブロンクス出身のラッパーKRS・ワンが、自著でこういうことを言っていたんです。
「ブロンクスに来たことがないやつは、ただのラッパー止まりだ。この場所の雰囲気を肌で感じてこそ、君はやっとヒップホッパーになれる」
これを読んだ当時の俺は、無性に腹が立ったんですよ。「じゃあ、俺も行ってやろうじゃねーか!」。そう思い、大学卒業と同時に、あてもなくニューヨークに飛び立ちました。

 

ものすごい行動力!
そこで、何か得られるものがあったのですか?

 

はい。本物のヒップホップに出会ったんです。
この1か月と少しのニューヨーク滞在を経て、「俺は、絶対これでやっていくんだ」と決心し、帰国後はフリーターをしながら本格的に音楽活動を始めました。

 

ついに、仕事としてのラッパー生活が始まったんですね!

 

それでも、自分の中にどこかピンときていない部分があったんです。

 

え?

 

俺が帰国して間もないころ、地元の友達と飲んでいる時に、ふと仕事の話題になりました。「上司との関係で悩んでいる」と相談されたんです。でも、自分は社会人の経験なんかまったくなくて、その時その友達にかけてあげられる言葉がどうしても見つからなかった。

 

ところで勝部さんは、ラッパーってなんのためにいると思いますか?

 

えっと…。マイノリティーの声を代弁するため…でしょうか?

 

俺は、ラッパーは人の背中を押す言葉をかけるためにいると思ってるんですよ。
俺がニューヨークで見たヒップホップはまさにそれだった。特定の人たちが聴く音楽ではなく、町にいる誰もが聴いて元気づけられている音楽。俺もそんなヒップホップがやりたいと感じていたからこそ、このままではいけないと思ったんです。
「こいつが味わっている経験をして、そこからやっても遅くはない」。その思いで、一般企業に就職することに決めました。

 

すごい信念。KRS・ワンが言っていた「真のヒップホッパー」とは、そういう意味だったのですね。

 

結局、それから10年弱サラリーマンをやることになるんですけどね(笑)

 

ニューヨークでの日々が今のTKda黒ぶちのスタイルを作った

 

しかし、仕事を続けながらラッパーとして活動するのは大変ではなかったのですか?

 

めちゃくちゃ忙しかったです。最高で4連休とかしかなかった。
だから仕事をしていると、本来の夢を忘れかけてしまうこともありました

 

それなのにどうして、2018年に今までの仕事を辞め、「ラッパー1本」の道を選択できたのでしょうか?

 

フリースタイルダンジョンに初めて出させてもらったときに、収録前のインタビューで「あなたの夢はなんですか?」と聞かれたんです。その質問に、一分くらい黙ってしまって答えられなかった。
「そうだ、俺の夢はラップで叶えるんだ」と、あの時思いました。追い求めていた夢を、強く思い出させられたきっかけの一つでした。

 

そのきっかけもあって、会社を辞め、「ラップで生きる」ことを再度決心したのですね。

 

そうです。その時のことを歌ったのが「Dream」。MUROさんのトラックでラップをするという、昔からの夢を叶えた瞬間でもありました。

 


ナンパでもいい
まずは行動から


 

TKda黒ぶちさんは現在、MCバトル番組『フリースタイルダンジョン』の3代目モンスターとしても活躍されています。
精神的にきついことも多いかと思いますが、ラップに対して「やる気」がなくなる瞬間ってないのですか?

 

『フリースタイルダンジョン』3代目モンスターとしても活躍中(引用:AbemaTV)

 

めちゃくちゃありますよ。
理想通りの歌詞が書けなかったりしたときとか、求めているラップができなかったりしたときとか、そういうときですね。

 

どうやってモチベーションを保っているのでしょうか?

 

モチベーションとか、辞める辞めないの話ではないんですよ。
「食べることに失望したから、食べるのやめようかな」ってならないじゃないですか。俺にとってラップは、それと同じです。生活の一部で、衣食住と同じラインにあるものなんですよ。

 

では、ラップをやっていて「よかったな」と感じる瞬間はありますか?

 

自分のやったことが、誰かのプラスになったのを感じられるときですね。
最近、YouTubeに新曲「Get Down」※のMVを出したんですが、それを見た飲食店をやっている友達が、「やめようと思っていたけど、あのMVを見て頑張ろうと思えた」と言ってくれたんです。そういうときって、この上なくうれしいんですよ。

※4月10日より配信スタート!詳しくはこちらから

 

それこそ、TKda黒ぶちさんが昔から目指していたヒップホップですもんね。

 

「お金を稼ぐだけだったら、もっと良い時間と労力の使い方があると思うんですよ」と笑う

 

「やる気が出ない」「やりたいことが⾒つからない」といった悩みを抱えている読者のみなさんに向けて、夢に向かって頑張るためのアドバイスをお願いします。

 

楽しいことを見つけて、行動してみる。
内容はなんだっていいと思います。ナンパでもいいし、馬鹿みたいにお酒を飲んでみてもいいですよ。

 

ナンパですか?(笑)

 

ナンパした女子が、もしかしたらバリバリのトラックメーカーで、影響を受けて曲作りにはまってしまうってこともあるかもしれないじゃないですか。そんな偶然から、深い出来事に通じることがあると思うんです。
とりあえず動くこと。これが大切ですね。

 

TKda黒ぶちさんが、ラッパーの道に進んだきっかけも偶然でしたもんね。

 

そうですよ。考え込まずにやってみるのがいちばん。
俺もめっちゃ悩むタイプだったけど、悩んでもしょうがないことが分かったので今言えるんですよ!

 

ありがとうございました!これからのTKda黒ぶちさんの活躍を期待しています。

 

 


 

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この記事を書いた人

勝部 晃多

やる気ラボの娯楽記事担当。日本温泉地域学会会員。全国温泉番付のオリジナル版を作成することをひそかに夢見ており、直近2年間で訪れた温泉地は30湯を越える。無類の野球好きでもあり、カープファン暦14年目を迎える今季は、15試合以上の観戦が目標。BCリーグにも食指を動かしている。

 

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