仕事・働き方

【上高地ネイチャーガイド・山部茜さん】「コミュニケーションが苦手」弱みを強みに変えて1万7000人に自然の魅力を伝える接客のプロを選んだ理由

2023.10.19

上高地ネイチャーガイド・山部茜さん
あえて苦手なことに挑戦する

日本屈指の山岳リゾート、信州・上高地。年間120万人が訪れる人気観光地のネイチャーガイド・山部茜さんは、お客様に同行しながら同地の魅力や楽しみ方を伝えています。上高地で唯一の民間常駐ガイド団体で活躍する彼女は、実は小さい頃からコミュニケーションが苦手で、学校では一言も話さないことも珍しくなかったといいます。「人と関わらない仕事」をしたかったのに、ガイドという接客の道を選んだ理由とは? 標高1500mの“聖域”で働く魅力とともに、これまでの歩みを伺いました。

 


 

山部茜さん

山部茜(やまべ・あかね)さん

ガイドネーム:さくら 1987年、東京都生まれ。東京環境工科専門学校で学んだ後、2007年4月に長野県松本市上高地に移住。五千尺ホテル上高地のネイチャーガイド部門「ファイブセンス」で上高地の自然・文化を伝えるプロのガイドに。2011年、ナショナルパークガイドディレクターに就任。2020年、ファイブセンスが第15回エコツーリズム大賞「特別賞」受賞。2021年「優秀賞」受賞。同年、著書『ネイチャーガイドさくらの上高地フィールドノート』(信毎書籍出版センター)を上梓。

上高地ネイチャーガイドFIVESENSE
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1万7000人の「好き」を共有して自分の世界も広がった


    

――上高地は、古くから“神の降り立つ地(神降地)”とも称され、急峻な山岳景観が残る“聖域”として外界からの立ち入りが厳しく制限されているそうですね。

    

そうなんです。上高地は松本の市街地から車で1時間半くらいかかるのですが、マイカーを持ち込むことはできず、バスやタクシーが入れるのも上高地バスターミナルまで。そこから先は徒歩でしか移動できませんし、冬は立入禁止になります。厳しく保護されたエリアで、来るためのハードルはちょっと高めですが、だからこそ美しい風景を見ることできて、年間120万人くらいの方が訪れています。

    

――120万人はすごいですね。上高地には、どんな魅力があるのでしょうか?

    

上高地は、長野県松本市にある標高1500mの山岳リゾートです。穂高連峰という3000m級の山々が連なり、主峰の奥穂高岳は標高3190mで国内第3位の高さがあります。けれども上高地自体は非常に平らで、歩くのが得意じゃない方でも、山や梓川の清流を眺めながら、のんびり歩いて散策することができるんですね。山に降った雨や雪解け水が集まってくる水の豊富なエリアでもあります。

    

穂高連峰と梓川(写真:本人提供)
穂高連峰と梓川(写真:本人提供)

    

山と湧水の風景、この2つを楽しみに来られる方がほとんどで、県外からのお客様が9割くらいを占めています。上高地を玄関口にして、山に登る方も1割くらいいらっしゃいます。

ただ、上高地といえば、穂高連峰と梓川の風景があまりにも有名すぎて、他の魅力が注目されにくい面がありました。上高地の魅力はそれだけじゃないぞと伝えたい、そんな地域の要望を受けて2005年に設立されたのが、私が所属している「ファイブセンス」というネイチャーガイドの団体です。

私たちは、上高地に常駐している唯一の民間ネイチャーガイドでして、上高地の中心と呼ばれる河童橋のたもとにある五千尺ホテル上高地を拠点に活動しています。

    

    

――ネイチャーガイドというのは、どのようなお仕事なのですか?

    

人と自然を結びつける仕事ですね。上高地に生息する動植物や、ありのままの自然をゆったりと、 より身近に感じていただけるようわかりやすくガイドしています。

一般的に観光で訪れる場合は、大正池・河童橋・明神・徳沢という4つのエリアを散策することが多いのですが、私たちがやっているガイドウォークは、短いものでは1時間、長ければ6時間のコースがあって、通常散策の2倍の時間をかけて、上高地の様々な魅力をご案内します。

お客さんと一緒にゆっくり歩いて、ただ歩いているだけでは見逃してしまう、地形、歴史、風景から、花、鳥、動物、昆虫なども含めた自然についてご紹介する、そういう仕事ですね。

    

上高地に多く生息する、森の住人ニホンザル(写真:本人提供)
上高地に多く生息する、森の住人ニホンザル(写真:本人提供)

    

――楽しそうですね!お仕事のやりがいや魅力は?

     

ネイチャーガイドの立ち位置って難しくて、ガイドが主役になるのか、お客さんが主役になるのか、それとも上高地が主役になるのか、人によるんですね。どれが正解というのはなくて、お客さんにもよりますし、団体さんごとの理念によっても違います。

たとえば、環境省さんのボランティアだと、環境省さん側の「これを伝えてほしい」という啓発の目的が強かったりしますし、定年退職された方が社会貢献としてガイドをする場合は、自分の知識を伝えることが大事な目的になっていて、以前はそうしたボランティアのガイドが主流でした。

私たちはホテルやレストランなどの運営会社の一部門ですから「上高地の魅力」と「お客様の興味」をマッチングさせて、お客さんに上高地体験を満足していただくことを第一に考えています。お客さんの「好き」に合わせて、上高地の見どころをご紹介していく、黒子的な役割ですね。

   

ガイドウォークは、ゆっくりゆったりペースが基本(写真:本人提供)
ガイドウォークは、ゆっくりゆったりペースが基本(写真:本人提供)

   

――自分が伝えたいことではなく、お客さんのニーズに応える?

    

はい。なので、いろんなお客さんの目線で上高地の楽しみ方を追体験できるんですよ。鳥が好きな方、花が好きな方、苔が好きな方、それぞれの「好き」によって上高地の見え方も変わります。お客さんのニーズは本当に千差万別で、自然に興味があるわけじゃなくて「上高地を散策する同行者がほしかった」という方もたくさんいます。そういう場合は、その方の人生経験を聞かせていただいたりもします。

こちらが楽しみを提供する側ではあるのですが、たくさんの「好き」に出会え、その方の「好き」を共有させていただける。それが、この仕事の楽しさの1つかなと思います。

    

――これまで何人くらいのガイドをされてきたのでしょう?

    

1年間で1000人くらい、私は今年で17年目ですから、単純計算すると1万7000人ですかね。

      

――1万7000人!それはすごい人数ですね。

      

結構、膨大な数ですよね(笑)。1万7000人の「好き」を共有させていただいて、自分の世界も広がりました。これはやっぱり大きな魅力ですね。

      

上高地では豊富な湧水を見ることができる(写真:本人提供)
上高地では豊富な湧水を見ることができる(写真:本人提供)

     
     
     

話しかけられても無言。人と話すことができない子どもだった


   

――ネイチャーガイドになりたいと思ったのは、いつ頃からですか?

     

それが「ネイチャーガイドになりたい」と思ったことは、実は一度もなくて(笑)。今の私はバリバリの接客業ですが、もともとは接客業に就くつもりは一切なかったんです。

子どもの頃は、絵を描くのが好きだったので漫画家になりたいと思っていましたが、そういうのって実現しようとしないまま忘れていくじゃないですか。私もそういうかんじでホワッと忘れていって。

将来どうしようと初めて考えたのは、たぶん高校進学のときで、自然を相手にしたいと思って農業高校を選びました。その後は、自然環境保全学という学科がある専門学校に行って、ずっとそういう方向で勉強していました。

     

――自然が好きだったのですか?

     

それがそうではなくて(笑)。東京都の八王子で生まれ育ったので、小さい頃から高尾山に行っていましたし、通っていた保育園も野生児っぽい育て方をするところだったので、自然を身近に感じてはいたんですけど、特別好きというわけでもなくて。

私は小さい頃から人とのコミュニケーションが苦手だったので、農業高校に行って自然相手の仕事に就けば、人間関係もあまりないだろうし、人と関わらなくて済むかなと。

          

秋の上高地を美しく彩る、カラマツの黄葉(写真:本人提供)
秋の上高地を美しく彩る、カラマツの黄葉(写真:本人提供)

          

――「人と関わらない仕事」をしたかった?

          

そう、まさにそうなんです。そういう浅はかというか、ちょっと後ろ向きな動機だったんです。若者あるあるですよね(笑)。

子どもの頃は、学校に行ってから帰ってくるまで、一言も喋らないことはざらでした。クラスでも浮いていて、打っても響かない子どもというか、周りが何を話しかけても無言だし、ずれた答えしか返ってこないから、話しかけるのも面倒くさい。たぶんクラスに1人くらいそういう子がいたと思うんですけど、そういう子どもだったんですね。

          

――人と話したくなかった?

          

話したくないわけではなくて、話す能力がなかったんです。言葉のレパートリーがないとか、返事のバリエーションがないとか、何を言われているのかわからないとか、そういう能力の問題ですね。だからといって悩んでいたわけでもなくて。

悩むって「今とは違う自分になりたい」とか「なんで自分はこうなんだろう」と考えるものじゃないですか。そういう発想すらなくて、そうじゃない自分が想像できなかった。

このままじゃいけない、何とかしなきゃ。初めてそう思ったのは、就職するときでした。専門学校にはインターンシップ制度があったので、職場体験に行った結果、「人との関わりを避けると何も仕事がない」ということに、ようやく気がつきまして。

こんなにも人と接することが苦手なら、社会人になる第一歩として、あえて苦手なことに挑戦して、接客業をみっちりやるのもありかもしれない。そう考えて、ガイドという仕事を選んだんです。

          

夏から秋に見かけるアサギマダラ。上高地で確認された蝶は70種以上(写真:本人提供)
夏から秋に見かけるアサギマダラ。上高地で確認された蝶は70種以上(写真:本人提供)

     
     
     

自分の「芯」となるものが1個あると強い


          

――「人と関わらない仕事」から「多くの人と関わる仕事」に。180度の転換ですね。

     

専門学校2年生のときに、軽井沢でツキノワグマの保全や獣害対策をしているNPO法人でインターンシップに参加したことがあったんです。当時は「人と関わる仕事」をしたくないから「自然を相手にする仕事」に就きたいと考えていたのですが、獣害対策には「人」が大きく関わります。

その土地で人間と野生動物がどういうふうに暮らしていて、それがどんな問題を起こしているのか。それを知るためには、人とのコミュニケーションが不可欠です。そのときに気づいたんですよね。

自然を相手にするということは、人を相手にすることなんだ。人の社会の中で仕事をする以上、人と関わり、向き合っていくことを避けては通れない。そのためには、コミュニケーションのスキルが絶対に必要になる。それがなければ、他にどんな仕事もすることはできないと。

ネイチャーガイドを選んだのは、「山や自然なら馴染みがある」くらいの消極的な動機だったのですが、とにかくコミュニケーション能力を身につけたくて、それを第一に考えていました。

     

上高地は、北アルプスの山々への登山口としても有名(写真:本人提供)
上高地は、北アルプスの山々への登山口としても有名(写真:本人提供)

     

――実際にガイドの仕事をやってみて、どうでした?

     

やっぱり最初は大変でした。もともとがコミュニケーションを取らないタイプの人間だったので、お客さんに合わせて常にテンションを高く保っておかなくてはいけない…というところから、もうすでにしんどいんですよ(笑)。

もちろん接客業としてのノウハウは、いろいろあるんです。お客さんの方を向いて話すと声が遠くまで飛ぶとか、複数人のお客さんがいるときの目線の順番とか、細かいノウハウはたくさんあるんですけど、私の場合はそれ以前の問題というか。そもそも人とのコミュニーションが苦手だったので、人と普通に接することができるようになるまで時間がかかりました。

     

――どのようにしてコミュニケーション能力を身につけたのでしょうか?

     

うーん…慣れ、ですかね、やっぱり。どんなにノウハウを覚えても、場数を踏まないことにはどうすることもできません。たくさんのお客さんをご案内した経験、これに尽きるような気がします。

先ほどもお話したように、私たちガイドはそれぞれ年間1000人くらいのお客さんをご案内します。ガイドウォークは2時間のコースが多いのですが、6時間のコースもあります。毎日何時間も何人ものお客さんとご一緒させていただいて、上高地の楽しみ方や自然の魅力をお伝えする。この経験が大きかったのだと思います。

     

――ネイチャーガイドは、話すだけでなく、草花、鳥、動物、昆虫、季節ごとの変化など、多岐にわたる、ものすごい量の知識が必要になると思います。それを覚えることも相当大変だったのではないでしょうか?

     

そういうガイド特有の大変さは、私はあまり感じなかったんです。もちろん1年目はわからないことだらけでしたが、最初に覚えるきっかけって、お客さんに聞かれてわからないことなんですね。

     

森の小鳥ウグイス。上高地では130種類以上の鳥を確認(写真:本人提供)
森の小鳥ウグイス。上高地では130種類以上の鳥を確認(写真:本人提供)

     

たとえば、お客さんが珍しい鳥を見つけたら、まずはその鳥を一緒に見て楽しむ。その鳥を見つけたことを「すごいですね」と伝える。わからないことは、あとで調べて覚える、その繰り返しです。

「わからない」と焦って、ガイドがネガティブな反応をしてしまうと、お客さんが「悪いこと聞いちゃったかな」と罪悪感を覚えてしまいます。わからないことがあっても「聞いて良かった」と思ってもらわないといけない。それが何より大切なので、まずはお客さんと一緒に楽しむ。

ガイドという職業は「教える」イメージがありますが、上高地という地域には、たくさんのファンがいて、ガイド1年生の私なんかより上高地に詳しい方もたくさんいらっしゃいました。自分にできることは「好き」を共有することだけ。そう思っていたのが良かったのかもしれないです。

     

――知識よりも「好き」に共感することが大事なのですね。

     

ガイドを17年やってきた今でも、わからないことはいっぱいあります。自然に関しては、どんなに学んでも本当にキリがないんですよね。

ただ、自分が強い興味を持っている「芯」となるものが1個あると強いです。花はわからないけど、鳥が好きで、鳥のことなら情熱を持って話せるとか。そういうものが1つあると、ガイド全体に芯が通って、お客さんに楽しんでいただけるようになります。

     

上高地の春を代表する花、ニリンソウ(写真:本人提供)
上高地の春を代表する花、ニリンソウ(写真:本人提供)

     

私は花が専門で、農業高校で3年間みっちり学びましたし、専門学校でも植物をメインに生き物全般について学んできました。その基礎知識には、ずいぶん助けられました。

ガイド1年目は、自分がまだ見たことのない風景や季節のことも喋らないといけないのでハードルが格段に高いのですが、1年過ごした経験があれば自信になるので、2年目に入れば、すっと楽になります。

ある程度やっていると質問のパターンみたいなものもわかってきますから、コミュニケーションが苦手だった私でも、3年目になったら、そんなに怖がらずに話せるようになりました。

     

――東京から地方に移住して、人里離れた山の中で暮らすことはいかがでした?

     

これは人によって合う合わないがはっきり出るんですけど、私はむしろ楽でした。夏は涼しいし、水も美味しい。住み込みで、ごはんも作ってもらえるし、Amazonだって普通に届きます(笑)。

寮生活で、相部屋で、職場と寮がすごく近くて、プライベートもあるのかないのかわからない生活になるので、合わない人は本当に合わないと思いますが、私には合っていたのだと思います。

上高地は、どの季節も美しいので、ずっと見ていられます。仕事上勉強にもなります。住むことによって、いろんな時間帯や、いろんな日の表情を見られるのは、すごく楽しいですね。

     

すべてが雪に覆われる、冬の上高地(写真:本人提供)
すべてが雪に覆われる、冬の上高地(写真:本人提供)

     

――山岳リゾートのネイチャーガイドという職業が、本当に合っていたのですね。人との関わりやコミュニケーションなど、辛いときはどうやって乗り越えましたか?

     

ここで踏み止まれなかったら後がない、他のどこにも行くことはできない。そういう危機感が強かったから乗り越えられたのだと思います。

上高地という地域の面白さや、よそからやって来た自分を受け入れてくれた地域の方々に恩返しをしたい。そんな思いもありました。

それからもちろん、お客さんに喜んでいただける嬉しさですね。ガイドは基本的に同じコースを歩くので「一度参加すればもういいや」が十分あり得るレジャーなのですが、「他の季節もいいですよ」とお伝えたしたことに応えて、もう一回、ご参加いただけるリピーターの方も多いんですよ。

小学校に上がるか上がらないかの小さなお子さんが参加してくださって、中学生か高校生ぐらいになったときに、また来てくれたこともあって、すごく嬉しかったです。

最初はリピーターの方からご指名いただいても「せっかく期待してくれているのにガッカリさせてしまったらどうしよう」とプレッシャーのほうが大きかったのですが、「今回も楽しかったです」と言っていただける経験を重ねて、ガイドとしての喜びを感じるようになってきたのだと思います。

     

「雨の上高地も、実はおすすめです」(写真:本人提供)
「雨の上高地も、実はおすすめです」(写真:本人提供)

     
     
     

住みやすい、過ごしやすい、自分なりの楽しみを見出せる


    

――ネイチャーガイドは、以前は「無料のボランティア」というイメージが強かったと思います。プロのガイドが定着するまで、ずいぶんご苦労されたそうですね。

    

これは全国のプロのガイド事業者さんたちに共通していることだと思いますが、それこそ私が働き始めた2007年当時は、まだ無料のボランティアガイドが主流だったので「えっ、お金をとるの?」「そんなに高いの?」と言われることが普通だったんですね。

なので「すいません、お金かかるんですよ」と説明しながらガイドをしていた時代が長かったのですが、10年くらい経ったら、それを言われなくなりました。

これは私たちだけでなく、プロのガイドの第一人者、富士山・沖縄・福島・新潟の全国4地域で活動しているホールアース自然学校さん、清里のキープ協会さん、軽井沢のピッキオさん、あるいは屋久島や知床など、いろんな場所でプロのガイドさんが増えてきて、お客さん側もそれらに参加する人が増えてきたことで、お金を払うプロのガイドが一般的になったんだろうなと思っています。

ガイドをする側の意識も変わってきて、上高地にもいろんなガイド団体さんがあって、それぞれ理念は異なりますが、私たちは利益を必要とする株式会社の一部門ですから、お客様のニーズに応え、上高地に来てくださるお客様を増やすことを第一に考えてきたことが良かったのかなと思います。

    

上高地を代表する人気スポット「大正池」(写真:本人提供)
上高地を代表する人気スポット「大正池」(写真:本人提供)

    

――山部さんの所属する「ファイブセンス」は、2019年には環境省の「エコツーリズム大賞」特別賞、2020年には優秀賞を受賞しました。社会的な評価も高まっていますね。

    

エコツーリズムという概念自体が、最近は地域振興、サステナブルな観光形態を主眼にしています。昔の観光客がわーっとたくさん来て、消費され尽くしてしまうようなものではなく、地元の魅力、自然、歴史、文化をちゃんと活かして、それを後世に伝えるような観光業としてエコツーリズムというものがあります。

それを体現している団体さんに授与している賞で、私たちも上高地にお客さんが引き続き来ていただけることを究極の目的としていますので、そこを評価していただけたのかなと思います。

ただ、私たちにとっては、お客様さんの評価がすべてです。来たお客さんに喜んでいただいて、さらにたくさんの方にご参加いただけることが本当の評価だと思っていますので、賞をもらったことを広く知っていただいて、もっとたくさんのお客さんに来ていただけたらなと思っています。

    

――2021年には『ネイチャーガイド さくらの 上高地フィールドノート』という本も出版されました。山部さんの活動の幅もどんどん広がっていますね。

    

コロナ禍で厳しい時期もありましたし、上高地は11月から4月までは入れなくなるので、営業できない期間の事業として、私は松本市内で市民講座をやっていまして。その内容が結構たまってきたのと、お客さんからも「この内容で本を作ってくれたら買います」と言っていただいたので、ガイドブックを出そうということになりました。

    

『ネイチャーガイド さくらの 上高地フィールドノート』(信毎書籍出版センター)
『ネイチャーガイド さくらの 上高地フィールドノート』(信毎書籍出版センター)
山部さんが執筆した、上高地散策の予習復習に最適なガイドブック

    

――文章だけでなくMAPイラストも描かれていて、子どもの頃に好きだったことを活かせましたね。

    

そうですね。小さい事業部なので、いろいろと自分でやらなきゃいけないことが多くて、お客さんに渡す参加特典のカードの絵も自分で描いていますし、やろうと思えば意外と何でもできて、何でも活かせる、みたいなところもこの仕事の面白さですが、そのぶん大変です(笑)。

     
     
     

ある程度のところまでは、拒否しないで受け入れる


 

――ネイチャーガイドになるために必要なのは、どんなことでしょうか?

 

基本的にすごいスキルが必要なわけではなくて、やる気さえあれば、というかんじではあるのですが、大切なのは、その団体の理念と自分の働き方がマッチするかどうか。そこが重要で「イメージと違った」という場合に、この住み込みで働く完全に閉ざされた状況は、結構致命的になります。

うちに限らずどこで働くにしても、まずはちょっと飛び込んで試してみる。短めのチャレンジを繰り返して、そこから考える。そういう「まずやってみる精神」がいちばん大事かなと思います。

 

――ネイチャーガイドに限らず、地方への移住や転職も同じかもしれませんね。

 

と思います。がっつり地域に関わるようなことは、関わり始めるとどっぷり浸かることが必要になってきます。最初に包み隠さず、「自分はこれをしたい」と伝えて、すり合わせをすることが大事ですね。

 

新緑シーズンの湿原を彩るレンゲツツジ(写真:本人提供)
新緑シーズンの湿原を彩るレンゲツツジ(写真:本人提供)

 

――山部さんが、上高地やネイチャーガイドに合っていたと思うのは、どんなことでした?

 

私はたぶん「そんなにガイドをしたいわけじゃなかった」が肝になっていたのかなと思います。要はこだわりがなかったんです。「これが仕事なんだな」と思ったら、それを普通に仕事としてできた。それがうちの「お客様に楽しんでもらうのが第一」というスタイルと合っていたのだと思います。

私たちの仕事は、お客さんと一緒に歩くことがメインではありますが、それだけではなく、それを下支えする業務もあるんですね。予約をとったり、売上や人員の管理、メンバーの研修など、普通の仕事と同じように、いろんな業務があります。

「ガイドをしたい」という気持ちが強すぎると「そんなこともするの?」となりがちなのですが、私はそもそもガイドをしたいわけではなかったので、バックヤードの作業をわりと嫌がらずにまめにできたんですね。そういう意味では、消極的な動機が逆に強みになったのかもしれません。

 

――ガイドになって17年。これまでの歩みを振り返って、いかがですか?

 

良かったのは、長く続けられる職業を選べたこと。内容云々というよりも、長く続けると長く続けたぶん、できることが増えていく。本の出版などもそうですし、長くやっているからこそ、地域の方たちと顔馴染みになれて、いろんな話もできるようになりました。

最初は「人とのコミュニケーション能力をつけたい」という目標だけでしたので、それを身につけたら転職しようと思っていたのですが、3年くらいやってみたら、1年目にできることと、3年目にできることは全然違うんだなと気づきました。

転職したら、それまで積み上げていたものを一回全部捨てて、また1から始めなくちゃいけない。だったら、この積み上げたものを使って長く続けていくほうが、より新しいチャレンジができるんじゃないか、そう思ったんですよね。結果的に「住みやすく、過ごしやすく、自分なりに楽しみを見出せる仕事」を見つけることができました。

    

夕暮れの上高地は、神秘的な美しさ(写真:本人提供)
夕暮れの上高地は、神秘的な美しさ(写真:本人提供)

    

――仕事選びにはいろいろな考え方がありますが、山部さんの「あえて苦手なことに挑戦する」という発想には驚きました。職業選択について何かアドバイスをいただけますか?

 

苦手なことにあえて、というのは良し悪しがあって、自分の限界を見極めないと潰れてしまいます。私の場合は「これくらいならできそうだな」と判断したからではあったと思うんですよね。

結局、どんな仕事もやってみないとわかりませんから、最初は何でもいいと思うんです。あえて苦手なことにチャレンジするでも、これが好きかもしれないからやってみようでも。その飛び込んだところで、そこのものをちゃんと吸収できれば。

入ってみたら、思っていたのと違うことも、思っていたよりもしんどいこともいっぱいあると思います。だけど、それをある程度までは拒否しないで受け入れると、また新しいところに行けます。

もちろん今は「合わなかったらすぐやめろ」の時代ですから、いまどきの考えとは違うとは思うんですけどね(笑)。それはそれで自分を守るためには必要な考え方なので、本当にケースバイケースだと思うんですよ。何でも受け入れろとは絶対に言えないですし。

ただ、私の経験として、とりあえず始めてみて、その職場のやり方でやってみたら、意外と大丈夫で、どんどん面白くなってきた。そういう一例もあるよ、というだけだと思います。

    

上高地から見える百名山のひとつ・焼岳(写真:本人提供)
上高地から見える百名山のひとつ・焼岳(写真:本人提供)

    

――でも、その結果、苦手だったコミュニケーションも克服できたわけですよね。こうして話していても、話すのが苦手な人だったとはとても思えないです。

    

好きか嫌いかでいったら、今もそんなに変わってはいないんですけど、大丈夫にはなりました(笑)。コミュニケーションのためのスキルを手に入れることができたことは、私にとってすごく大きかったです。

やっぱり、それができないことが辛かったんですよ。苦手でいることが負い目でしたし、そういうしんどさがなくなったからこそ「苦手です」と気軽にいえるようにもなりました。

    

――人と話すことが苦手だったのに、1万7000人もの人々のガイドをされて、自分を変えることができた。素晴らしいことだと思います。

    

ただ、苦手ではなくなったのは確かなのですが、技術を使って話しているという感覚はずっとあるので、それはまた今後の課題かもしれませんね(笑)。

    

――今後の夢や目標は?

    

これまでは後進を育成して「ネイチャーガイドを普通の仕事にしたい」を目標にしていました。普通に就職先の選択肢に入って、普通に研修があって、普通にお金がもらえて、誰でもなれる仕事にしたい。そう思ってずっとやってきて、それはある程度達成できました。

次のステップとしては、上高地という地域にとってちゃんと価値のあるガイドになりたい、ガイドの団体として運営していきたい。これが今の仕事上の目標であり、個人的な目標でもあります。

    

四季折々の変化が楽しめる上高地(写真:本人提供)
四季折々の変化が楽しめる上高地(写真:本人提供)

    

ネイチャーガイドを長く続けてきましたので、ありがたいことに地域の行政だったり、旅館組合さんだったりからもお声がけいただいて、いろんな協力もできるようになってきました。ガイドとして上高地に来るお客様を増やすためのアプローチをもっと増やしていきたい。それが今の目標です。

    

――それでは最後に、読者の方々にメッセージをお願いします。

    

上高地は、穂高連峰の雄大な景色を見てもらえれば、素晴らしさがわかっていただける場所ですから、まずは1回来てみてください。風景の鮮やかさ、梓川や新緑、黄葉など見どころは多いですが、一番のおすすめは夜。雪をかぶった穂高連峰が満月に照らされている風景は、驚くほど美しいです。

ただ、遠くて来るのが大変というネックもありますので、今は無料でオンラインガイドもやっています。SNSを使った発信も増やしていますので、まずは「上高地ってどんなところなんだろう」と興味を持っていただいて、写真や動画からでも、触れてみてもらえたら嬉しいです。

  

  

――今後のご活躍も楽しみにしています。本日はありがとうございました!

    

    

     

       

  

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この記事を編集した人

タニタ・シュンタロウ

求人メディアの編集者を経て、フリーランスとして活動中。著書に『スローワーク、はじめました。』(主婦と生活社)など。

 
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