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【新日本三大夜景・夜景100選 事務局代表 縄手真人さん】国内外2700カ所の夜景スポットと900カ所の庭園を紹介!「好き」なことを掛け合わせて地域活性化につなげた

2023.06.1

     

世界最大の老舗夜景サイトyakei.jpを主催する縄手真人さんは、これまでに国内外2700カ所の夜景スポットを巡り、2017年以降は全国の庭園も900カ所を巡って紹介しています。また、新日本三大夜景・夜景100選で地域活性化も実現。インターネットが普及する前の時代にウェブサイトを立ち上げ、独自の視点で夜景の魅力を発信し続けてきた原動力に迫りました。

     


     

縄手真人(なわて・まさと)

1974年生まれ、三重県出身。国内外の夜景を紹介しているyakei.jp主催者。1993年、同志社大学在学中に夜景活動を開始。日本初の夜景CD-ROMをネット販売し、1997年にウェブサイトを立ち上げた。夜景ファンの集う夜景倶楽部を運営し、2003年には新日本三大夜景・夜景100選を決定し、地域活性化にも貢献。2017年からはもう一つの趣味として温めていた庭園巡りを開始し、庭園ガイドも開設している。

夜景サイト:http://yakei.jp
庭園ガイド: https://garden-guide.jp

     

     

「本音で話しやすくなる」夜景の魅力


     

――夜景庭園を紹介する2つの大手サイトを運営されていますが、国内2,500ヶ所以上, 世界48都市200ヶ所以上の夜景が載っていて、すごい充実度ですね! どのぐらいの頻度で取材をされているんですか?

     

年間、200から300カ所ぐらいを取材していて、サイトは週1回ぐらいで更新しています。平日は会社員で、土日もしくは休暇を使って巡っているのですが、夜景は1日に何カ所も巡れますし、庭園もスケジュール次第で複数の場所に行けますから。

     

――旅がお好きなんですね。海外の夜景も美しい写真とともに掲載されていますが、すべてご自身の足で世界中を巡っておられるのですか?

     

そうです。奥さんが元々、海外旅行に興味があったので、私も海外の夜景を見てみたいなと思って行ったところ、日本とは全然違う夜景が見られるんですよ。特に欧米は楽しくて、今も年に1、2回程度行って取材をしています。行く方面によっては、1回の旅行で2つ、3つの国を巡ったりもしています。

     

――まだ知られていないような夜景スポットを探し当てることもあったんですか?

     

新しいスポットを見つけることもありますよ。ただ、日本と違って海外は夜の治安がそれほど良くないので、実は世界で一番夜景を見る文化があるのは日本なんです。その次に夜景文化があるのは台湾です。どちらも治安がいいのと、夜景が見える場所が多いからです。一方、アメリカでは夜、山に行くのは治安的にあまり良くないですし、ヨーロッパは平地が多く、展望台が日本ほどありません。だから、夜景スポットを巡るような文化がないんですね。それで、海外でも夜景情報を出しているサイトも少ないんです。

     

ただ、ある時からGoogleマップの「ストリートビュー」という機能で世界中のいろいろな場所のリアルな風景が見られるようになったので、「ここは夜行けば街が見えるから、夜景も見えるかもしれない」というふうにチェックして、まだ知られていない海外の夜景を見つけたり、日本も同じような形で探しています。

     

福島市の信夫山(写真:本人提供)

     

――同じ夜景でも、季節や時間によっても違って見えることがあって、いろいろな楽しみ方がありますね。夜景の一番の魅力はどんなところだと思いますか?

     

これは活動を続けている中で気づいたのですが、夜景って、当時の思い出を甦らせる効果があるんですよね。たとえば、ある曲を聴くと高校時代を思い出す、という曲ってありませんか? それと似ていて、大学の時にみんなで見た夜景を、大人になって見るとまた思い出すことがあります。それは、その夜景が、忘れられないような深い思い出とつながっているからなんですよ。

     

その理由は、夜景スポットが本音で話しやすい空間になっているからだと思います。明るい場所で対面で話している時よりも、ちょっと暗いバーで横並びで座っている方が、目線も合っていないし、本音で話しやすかったりしますよね。それは夜のドライブも同じだと思いますし、夜景も同じだと思うんです。目線が合っていなくて、暗い場所に2人、3人といると本音で話しやすいんですね。なので、深い話をした思い出が夜景と共に残るんです。それで、数年後、数十年後に同じ場所を訪れるとそのことを思い出す、というところが魅力ではないかと思います。

     

――たしかに、記憶に残る要素が揃っていますね! 

     

それから、ドラマチックに言えば、地上に描かれた光のアートを探す宝探しのような魅力もありますね。「この山に登って、ここに行くと、もしかしたら綺麗な夜景が見えるかもしれないな」と考えて行ってみると、3回に1回ぐらいは夜景が見えて、その中で10回に一回ぐらいはすごい夜景に出会う、みたいな。それが楽しいですね。 

  

――縄手さんが今までに見た夜景の中で、特に印象に残っているのはどのスポットでしたか?

     

私は自然の中の夜景が好きで、特に山の上から街並みを見下ろす形の風景が好きですね。今までで一番感動したのは、ニュージーランドの南のクイーンズタウンです。光の量が多いわけではないのですが、遠くに雪山が見えて、手前に街の夜景が映る場所があるんです。遠くの雪山が見えるということは明るくて、手前は暗くなっているから見えるのですが、これはあまり起こり得ないことで。自然のある条件が重なると、太陽が山の後ろに少しだけ隠れて、その光が当たる正面だけが明るくなって、影になっているところが夜景になるんです。昼と夜が一緒に見えている感じで、すごく綺麗でした。

     

クイーンズタウンの夜景(写真:本人提供)

     

     

     

大学生の時に独自でサイトを立ち上げ


     

――縄手さんは、小さい頃はどんなことが得意でしたか?

     

物作りが好きで、小学校の頃はプラモデルに夢中でしたね。将来は大工さんになって家を造りたいと思っていました。中学校に入ってから、パソコンに出会ったんです。といっても、今のようなパソコンではなくて、作ったプログラムをカセットテープに保存するような時代でした。それで、パソコンでゲームを作ることにハマって。高校生になってからは、パソコンで実用的なソフトを作ることにハマりました。

     

ーー中学生でゲームを作ってしまうなんて、すごいですね! 

     

いろいろなものに興味を持つタイプではなくて、流行りごとにあまり興味がない性格なのですが、はまると深みにはまってしまうところがありましたね。

     

――そのスキルを仕事で生かそうと思ってNECに入社されたのですか?

     

いえ、当時はそれが自分の「強み」とは考えていなかったんですよ。大学卒業後にNECに入社して、そういうスキルが強みになったなと思ったのは20代後半ぐらいです。NECは、スーパータワーというかっこいいビルがあるんです。そこなら、高層タワーで夜景も見えるかなと思って、あそこで働いてみたいな、と思ったんですよ。でも、会社が持っているのはそのビルだけではなかったので、入社後は夜景の見えない低層ビルに配置されました(笑)。

     

――好きなことが仕事と一致したわけですね(笑)。夜景のサイトを立ち上げた時も、そのスキルがあったからこそ、イメージを形にできたのですか?

     

そうですね。大学生になって夜景に出会って、車を手に入れて、ドライブが好きになって、たまたまプログラミングのスキルがあったのでホームページを作ることができました。それがうまく組み合わさったので、インターネットが普及する前の時代でも夜景のサイトが作れたという感じですね。 

     

――サイト立ち上げ時は、どのようなコンセプトだったのですか?

     

そういうものは全然なかったんですよ。私は京都で大学時代を過ごしたのですが、当時付き合っていた彼女がいたので、「デートではどこに連れて行くと喜ばれるのだろう?」と考えたことがきっかけでした。私はそんなにお酒が強くないので、お酒を飲めるお店、というようなイメージはあまり頭になくて。当時、車を持っていたので夜景は喜ばれるかなと思いました。近くに、神戸の美しい夜景がありましたから。

     

夜景ドライブ(京都)(写真:本人提供)

     

     

当時は同じような仲間が3人いたんですが、インターネットが身近でない時代だったので、当時の学生がよく見ていた「関西ウォーカー」で夜景スポットを知ろうと思いましたが、ただ、載っているのはおよそ高層ビルの高級レストランとか有料展望台みたいなところで、学生が行けないようなところばかりだったんです。学生が探すのは「お金がかからずにふたりきりになれる場所」なので、「そういう情報がないんだったら探そう」と思い立ち、4人で始めました。

     

――行動力がありますね。 4人の仲間でいろいろなスポットを巡りながらサイトを立ち上げたんですか?

     

写真を撮る人、場所を探す人というような形で担当を分けていて、私は場所を探す人でした。ただ、当初は夜景の本を作りたかったんです。それが、やってみると2、300万円ぐらいかかると聞いて。学生には払えない金額でした。でも、ちょうど私が大学4年ぐらいの時にインターネットが出始めて、当時はCD-ROMというのが出始めていたので、4人で作った夜景の写真とテキストと手書きの地図をCD-ROMに入れて販売したんです。

     

それは結局30枚ぐらいしか売れなくて。せっかく作っても見てもらえないならもったいないと思って、ホームページですべて公開したんです。それが、ウェブサイト立ち上げのきっかけでした。

     

――そんなに貴重な情報を無料で公開したのですね。インターネットやデジカメも普及していない時代に、苦労もあったのではないですか?

     

ホームページを立ち上げる初期コストは十数万円ぐらいしかかからなかったんですが、地図をどう表示するかが一番の課題でした。

     

今のようにGoogleマップがある時代ではなく、当時、日本地図のサイトをやっていた会社があったのですが、ウェブサイト上で地図を一カ所リンクするごとに、紙の申請書を一枚発行する必要があったんです。これは大変だなぁと思いまして。

     

直接その会社に行って、「何カ所もリンクをしたいので、全部認めてもらえないか」と相談をしたんです。そうしたら快諾してくれた上に、その会社がたまたまカーナビを作っていた会社だったので、「この情報をカーナビに入れさせてほしい」と逆提案されて。「夜景情報がこんなふうに売れるんだ」という発見から、「それなら全国を巡ってみよう」というふうに加速していきました。

     

――その土台ができるまでにどのぐらいかかったんですか?

     

97年に大学を卒業して、99年ぐらいには地図のウェブサービスの土台ができました。

     

――あっという間ですね。反響はどのように広がっていったのでしょうか?

     

読者が増えていったのは、ガラケーが出始めた時期ですね。夜景って、家でスポットを探していくというよりは、出先で探すのが一般的だったので、ガラケーとの相性が良かったんです。当時はいろいろなガラケーのサイトを紹介する雑誌とかがコンビニとかでいっぱい売っていたんですが、いろいろな媒体に掲載されて、どんどん増えていった感じですね。

     

――潜在的な需要があったんですね。その後、社会人になってからも活動を長く続けてこられましたが、「今まで誰も切り開いたことのない分野を開拓していきたい」という思いもあったのでしょうか?

     

そういう気持ちは全然なかったです。自分が欲しいものがなかったので作ったわけですし、純粋に自分が夜景が好きという思いだけでした。100パーセント趣味の延長だったので、東京に出てきて就職してからは夜景活動は細々と一人で続けてきました。その後、非営利団体として、同じ思いを持つメンバーを集めながらやってきました。

     

     

     

「新日本三大夜景」「夜景100選」で地域活性化へ


     

――2003年には新日本三大夜景、2004年には夜景100選を発表されました。これはかなりの反響があったと思いますが、どのようなきっかけだったのでしょうか?

     

最初のきっかけは、夜景コミュニティの後継者を作りたい、と思ったことです。私は、「夜景倶楽部」という夜景のコミュニティを持っているのですが、それを誰かが代わりにやってくれないかな?と思ったんです。ただ、そんなコミュニティだけを引き継ぐ人はいないだろうなと。それなら、もう少し後世に残ることをした上で引き継いでくれる人を探すのが正解かもしれないと思ったんです。

     

夜景倶楽部(写真:本人提供)

     

それでいろいろ考えてみたのですが、夜景って全国を巡ってみたらまだ知らないところがたくさんあって、大都市でない地方にも、美しい夜景はいっぱいあるんですよ。それって、「夜の観光」として社会に有益だと思ったんです。新たな箱物を作るのではなく、今あるものにスポットを当てることによって人が移動するようになるだろうし、夜の観光なので、消費されるお金も多くなるんじゃないかと思ったんです。ですので、夜景のブランディングをすることで、夜の地域活性化を起こせないかな? と思ったのがスタートでした。

     

――全国の夜景スポット巡りは今でこそ観光の楽しみとして普及していますが、そのような発想が原点にあったんですね。「新日本三大夜景」や「夜景100選」を発表した当初の反響は相当大きかったのではないですか?

     

そうですね。ただ、知名度もない非営利団体が「夜景100選」という話をしても聞いてもらえないと思ったんです。ですので、「新日本三大夜景」の方からスタートしました。それで、それぞれの夜景を管理している役所に丁寧に説明をして、三カ所を決めました。そうしたら、数カ月経った時に、当時の山梨市の市長さんが、「笛吹川フルーツ公園が新日本三大夜景に選ばれている」ということに気づいて。もともと、選んでいるところが第3セクターになっていて、どうしようか? と悩んでいた時期らしかったんです。「だったらこのブランドを活用しよう」ということになって、山梨市自らが「新日本三大夜景です」と宣伝して、旅行会社やはとバスに声を掛けたり、夜景の見える足湯を作ったり、という動きがありました。一カ所そういう動きが出てから、私たちの団体が他の2カ所に「この街ではこんなことをしていますよ」と紹介したんです。そうすると、他の2つの街も動き出したんです。

     

それでだんだん盛り上がってきて、たとえば山梨市なら、お土産の売り上げが前年比2倍になったり。その一定の実績をもとにして、今度は100カ所に対して話をすれば、「こういうことを既にやっていて、実績が出ているんだな」というふうに話を聞いてもらえるかなと思って、その順番で進めていきました。

     

――理想的な戦略ですね。想定通りにいきましたか?

     

いや、反応はまちまちでしたよ。興味を持たない街もあれば、興味を持ってくれてイベントをしてくれた街もあって、担当者次第でしたね。

     

ーー今振り返ってみると、何が一番大変でしたか。

     

正直、逆境も大変だったことも何もないんですよ。強いていうなら、海外でスーツケースを盗まれたことぐらいですね(苦笑)。

     

――好きなことを楽しみながら追求されてこられたんですね。今はどのようなことがモチベーションの源になっていますか?

     

一つは、オフ会のような形で趣味をキーにしていろいろな人との付き合いがあることです。もう一つは、普通に生活をしていると体験できないことが体験できることですね。たとえば、こうやってインタビューをしていただいたり、テレビ出演の機会をいただけたりすることですね。ただ単に夜景を紹介していただけなのに、そのような特別な体験ができていることは楽しいですね。

     

     

     

「好き」×「得意」の掛け算でトップランナーに


     

――2017年6月にスタートされた庭園ガイドでは、900カ所もの庭園を掲載されていますね。夜景探しも大変そうなのに、さらに庭園とは!

     

夜景で培ったウェブのノウハウを活かして取材をして記事にしていくだけの話ですから、大変ではないですよ。

     

実は、夜景よりも前に庭園が好きだったんです。と言っても、大層なものではなくて、高校時代に家族で行った兼六園に感動したんです。それで「日常的に兼六園に通いたい!」と思って、金沢大学を受験したんです。ただ、残念ながら落ちてしまいまして。結果的に夜景と出会えたので良かったんですけどね。

     

ただ、夜景の活動をしながらも、時々、有名な大名庭園と言われるものを見ていたんです。夜景にはまってしまったこともあり、「定年退職したら庭園巡りをしよう」と決めていたんですよ。ただ、かなりのハイペースで夜景を巡ってしまったので、国内ではほとんど行くところがなくなってきたんです。ですので、定年後にとっておいたものを前倒しした形です。

     

京都の醍醐寺 三宝院庭園(写真:本人提供)

     

――もともと計画していたプランだったんですね。夜景と並行して庭園めぐりをされている中で、庭園ならではの魅力はどんなことですか?

     

     

庭園はとにかく深い、ということに尽きます。初めは紅葉の美しさなどに目がいってしまったのですが、だんだんと石の美しさに目がいくようになりまして。紅葉とか植物は時が変われば変わっていきますが、石は造られた当時のままなんです。それがどういう意味を持っているのかとか、この石が力強い、ということなどに目がいくようになると、「庭園っていろいろな知識がないと分からないな」と思ったんです。夜景は知識がなくても、美しいものを見にいくという感覚なので、そこは夜景とは違う魅力ですね。

     

――夜景と共通する魅力はありますか?

    

掛け算でやっていくと、その分野に精通した人になれる、という面は夜景にも庭園にも共通していると感じます。夜景の紹介はそもそもそんなにやっている人がいないのですが、庭園は、何万人と関わっている人がいるんです。造園家もいれば、代々続く作庭家も多くいらっしゃいます。

    

そんな方たちと対等に向き合えるわけはないんですよ。ただ、そういう庭園をホームページで紹介している人の掛け算になると、ぐっと人が少なくなるんです。庭園の専門知識の深い人は高齢者が多いので、書物を残している人はいても、ウェブサイトを作る人が少ないんです。しかも、私は全国をドライブで巡るのが好きなので、それを全国規模でやっている人の掛け算になると、「日本で10人もいない」という世界なんです。だから、後発でも、ウェブサイト構築と全国を巡ることを掛け合わせると、夜景と一緒で、庭園に詳しいと認知されやすくなります。

    

――いろいろな人と関わりながら、ご自身の道を切り開いてこられたのですね。お話が面白いので、つい質問を重ねてしまいます(笑)。

    

ありがとうございます。自分で言うのも恥ずかしいのですが、「物腰が柔らかい」と言われることがあります。こんな性格もあって、同じ興味の仲間を作りやすかったり、中に入っていきやすかったり、お寺に行って話を聞かせてもらえる機会が多いところはあるかもしれません。特に庭園は聴かないと分からないことが多いですから。

    

――それも、ご自身の強みを生かしてこられた部分なのですね。キャリアに悩んでいる人たちにアドバイスがあればぜひ、お願いします。

    

もし「尖ったことをやってみたい」と考えたら、掛け算で考えるといいと思います。私なら「庭園」×ウェブスキル×「ドライブ好き」という感じですし、たとえば読書と話すことが好きな人がいたら、その二つを掛け算して、「書評のユーチューバー」というのもありですよね。

    

そのように、掛けるものは多いほど尖ると思います。自分の好きなことで掛け算を考えていくと、尖ったことができるんじゃないかなと思います。尖ったことをやりたいと考えていたら、ですけどね(笑)。私は、何かをやるなら尖りたいと思うんです。

    

――尖った人がたくさん出てきたら、魅力的な世の中になりそうですね! これからチャレンジしたいと思っていることはありますか?

    

庭園を早めにスタートさせてしまったので、今は次のものを探している段階です。庭園はあと2年ぐらいで一通り終わってしまうと思うので、「50代から何をするか」というものを目下探しているところです。私は車でいろいろなところを旅するのが好きですので、旅と何かを掛け合わせて次のことを探したいなと思っています。

    

夜景も庭園もそうですが、旅って人生を豊かにすると思うんです。ある人が夜景を好きになってくれて、私のサイトを知ることで、いろいろな夜景を巡ってくれるようになることを期待しています。だから、夜景を巡ってスタンプをデジタルで押せるようなサービスも提供しています。何かをテーマにしていろいろなところを巡る旅が人生を豊かにすることにつながっていく、ということと、それが経済の活性化にもつながると思っています。

    

米原市の青岸寺(写真:本人提供)

    

夜景は比較的若い人に対して提供していると思うのですが、庭園は年齢層がぐっと高くなります。ですから、庭園の見た目の美しさだけではなくて、この庭園の見るべきところはここで、美しさはこうなんですよ、と説明することで庭園に深く興味を持っていただいて、各地の庭園を巡ってもらうとか、ご自身の気に入った作庭家が手がけた庭園を巡ってもらえたらいいですね。

    

高齢者の方が全国を旅していくような動きを作れれば、経済の活性化にもつながるし、年齢層の高い方は健康にもつながると思うんです。人生の豊かさは、経験の積み重ねに比例すると考えていますので、庭園巡りをされた方の人生が豊かになれば素敵だなって思っています。

    

――新たなスポットの紹介と、今後のご活躍も楽しみにしています。ありがとうございました! 

     

 


 

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この記事を編集した人

ナカジマ ケイ

スポーツや文化人を中心に、国内外で取材をしてコラムなどを執筆。趣味は映画鑑賞とハーレーと盆栽。旅を通じて地域文化に触れるのが好きです。

 
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