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ハルカトミユキ 「何度もやめそうになった」困難を乗り越え、2人がたどり着いた世界

2020.08.17

耳心地の良いリズムと心に突き刺さるナイフのような詩的な歌詞で、若者を中心に人気を博しているハルカトミユキ。「何度もやめそうになった」という困難を乗り越えた方法とは?歩みを止めない2人に、やる気のヒントをうかがいました。
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ハルカトミユキ

ハルカ(Vo/G)とミユキ(Key/Cho)の2人からなるユニット。2013年に1stフルアルバム『シアノタイプ』でメジャーデビューを果たすと、2015年から3年連続で日比谷野外大音楽堂にてワンマンライブを行う。耳心地の良いリズムと心に突き刺さるナイフのような詩的な歌詞で、若者を中心に人気を博している。2019年には初のベストアルバム『BEST 2012-2019』をリリース。同年に日本橋三井ホールにてライブ開催するなど、今後さらなる活躍が期待される2人組だ。ハルカトミユキ公式ホームページ

 

 

 

 

ハルカとミユキの出会い
ハルカトミユキの結成


 

やる気ラボの勝部です。本日は、ハルカトミユキのお二人にお話をうかがいます。
ハルカさん、ミユキさん、よろしくお願いします!

 

よろしくお願いします!

 

まずは、ハルカさんにお聞きします。
ハルカトミユキの曲には「17才」や「二十歳の僕らは澄みきっていた」など、若者ならではの複雑な心境を歌った曲が多いです。ハルカさんは、どのような学生時代をすごしていたのでしょうか?

 

意外に思われるかもしれませんが、私はバリバリのスポーツ女子だったんですよ。ずっと運動が好きで、高校までは音楽なんて一切やらず、めちゃくちゃ厳しい環境でバスケをしていました。

 

えぇ、それは本当に意外です!

 

でも、家ではいろいろなことを考えてしまうタイプでした。やっていること自体は体育会系でとてもアクティブだったんですけど、人付き合いが得意ではなくて…。思春期は、そのギャップに悩まされながら日々を送っていました。

 

そうだったのですね。

 

そんな時に、バンドの音楽に出会ったんです。その人たちが歌っていることが、自分の思っていることに近くて…。テレビで流れるような流行の音楽ではないところで、こういう音楽があるんだって衝撃を受けました。そこから、自分の思いを言葉にして書きだしたりするようになりました

 

ハルカさんの音楽の原点というわけですね。

 

銀杏BOYZやBUMP OF CHICKENを聴いて衝撃を受けたというハルカさん

 

ミユキさんはどんな学生時代をすごしましたか?

 

私は栃木県の出身なんですけど、ずっと東京に憧れを抱いてすごしていました。「東京で自由なことをやるぞ!」という夢があったんです。でも、東京に出るためには母が納得する理由が必要でしたから、かならず母の希望に沿う大学に行こうと思って、部活動などには入らないで勉強ばかりしていました。

 

えぇ、こちらも意外です!

 

本当は、部活動に入って友達とかといろいろなことに取り組みたかったんですけど、脳内が「それは東京に行くために必要なことじゃない」と勝手に決めつけてしまっていたんですよ(笑)ずっと同じ学校に通ったのでクラスメイトもみんな一緒なんですけど、高校ではそんな友達さえいらないと思ってしまったほどです。

 

すごい執念です(笑)どうしてそんなに東京に憧れを持ったのですか?

 

『チョキチョキ』など、雑誌の影響が大きいですね。でも、実際に上京したら、雑誌に出ていたスポットに行くことはあんまりなかったという。

 

案外、そういうものなんですよね(笑)

 

興味がない物事や人にはとことん興味がなく、いないものとして扱うことも(ハルカさん談)

 

そんなお二人が大学で出会い、音楽サークルでユニットを組むことになるわけです。どのような経緯でユニットを組むことになったのでしょうか?

 

私たちの入ったサークルは、すごく人数の多いサークルだったんです。でも私は、人付き合いが苦手だから、みんなでワーってするのがあんまり好きではなくて…。そうこうしていたら、他の人たちは3人とか4人とか集まって、あっという間にバンドを組んでいたんですよ。

 

ふむふむ。

 

そんな時に、誰ともしゃべらずに一人でいたのがミユキだったんです。
その場ですぐにユニットを組んだわけではないんですけど、今思うと、そういうところが私と合っていたのかなと思いますね(笑)

 

意外な共通点だったんですね。
ちなみにミユキさんは、どうしてそのサークルに入ったのですか?

 

私は高校時代からニルヴァーナ※に憧れていたから、サークルではギターボーカルをやりたいと思って入ったんですよ。でも、実際にボーカルをしてみたら「私、歌う人じゃないや」と感じて、即座にあきらめたんです。
その後は昔からピアノをやっていたこともあって、いろいろなバンドでやったりしてたんですけど、あんまりしっくりいくものがなくて…。

※アメリカのロックバンド。全世界のトータルセールスは約7500万枚以上を記録し、1996年に『グラミー賞』を受賞した。

 

ふむふむ。

 

そんなとき、あるライブでハルカがバックホーン※1の歌を歌いながらステージで暴れていたんですよ。でも、それがすごく様になっていて格好よかった。
「この人女性だけど、自分がなれなかったカートコバーン※2に似たものがある」。そう感じて、「一緒にやりたい!」って思ったので、思い切って声をかけたんです。

※1THE BACK HORN:日本のオルタナティヴ・ロックバンド。「KYO-MEI」という言葉をテーマに「聞く人の心をふるわせる音楽を届けていく」という意思を掲げて活動する。
※2ニルヴァーナのボーカリスト兼ギタリスト

 

それがハルカトミユキの始まりだったわけですね!
でも、バンドでやろうとは思わなかったのですか?

 

バンドは組みたかったんですけど、人数が増えると大変じゃないですか。スケジュールとか人付き合いの面で、二人が結局楽だねってなって。

 

楽だねって。

 

なるほど(笑)

 

 

二人だから
歩んでこられた道


 

ハルカさんは、ハルカトミユキを始めてすぐに「これで生きていこう」というやる気スイッチが入ったのですか?

 

私は元から、大学に入ったら自分で音楽を作って、うまくいったらデビューしようという気持ちがあったんですよ。あんまり就職して働く気がなかったというのもあるんですけど、漠然と「音楽でやっていければいいな」と考えていました。

 

どうしてそう思ったのでしょう?

 

当時は、会社で働くことに対してあんまり良いイメージが持てなかったんです。満員電車に揺られて会社に行くのは、私の性に合わないなって。
だから、大学に入ってすぐに曲を作ったり、ライブを毎月4~5本やったり、友達に取ってもらったしょっぼいCDをレコード会社に送りこんだりしていました。「ダメだったら」とか、そういう風に思うことはあまりありませんでしたね。音楽でやっていくのは、最初からあたりまえのような感覚だったんです。

 

ミユキさんも同じ気持ちで始めたのでしょうか?

 

いいえ、ハルカが勝手にぜんぶ進めていたんですよ(笑)ライブをした後に、いきなり大人がやって来て、「〇〇レコード会社の〇〇です」みたいに紹介されて初めて知る、みたいな。オーディションを受ける資料を送った時もそうでしたね(笑)

 

そうだったんですね(笑)
それではどうしてミユキさんは音楽の道へ進もうと決断できたのですか?

 

私は、東京に行くことをゴールにしていたから、それ以降のことはまったく考えていませんでした。だから、働くことに関しても安易に考えて、なんとなく就活を進めていたんですよ。
でも、面接官に「今、音楽をやっていて、これからも続けていきたいんです」と何気なく言ったら、「じゃあ、(就職せずに)それをやったらいいんじゃない?」と返ってきたんです。その時に、「確かに!」と思ったんですよ。「ハルカと一緒ならいけるかもしれない」という思いもありました。

 

きっかけはともあれ、ハルカさんもミユキさんも音楽で生きていく自信があった、と。
その自信はどこからくるものだったのでしょうか?

 

根拠はまったくないんですけど、私の場合、こうやったらこうなるだろうみたいなのが見えるときがあるというか…。昔から、なんとなくそういう風に物事を考えることがあるんです。

 

ハルカさんの、「これで生きていく」という目標が明確だったからこそですよね。

 

 

実際にデビューしてみてどうでしたか?

 

最初は楽しかったですよ。私は、ハルカの作った曲にアレンジやコーラスを加えるだけで楽だし、ライブは自由に騒げるし。
だけど、デビューしてどんどんやっていくうえで、ハルカのように信念がないことを悩みました。ハルカトミユキが今後どうなっていきたいのかという強い気持ちが持てず、苦しくなることもありましたね。

 

ハルカさんはどうでしょう?

 

デビューする前は迷いなどまったくなく一直線に進んできたんですけど、でも、それって思い通りにいかなかったときにヤバいんですよ。デビューした後は、どうしよう」って息詰まってしまうことがたくさんありました。

 

例えばどういった点で?

 

リスナーやレコード会社の人など、誰かと一緒に物を作ることの難しさを痛感したんです。それまでは、自分たちのやりたいことや信じてきたものをただ表現するだけで良かったんですけど、どこまでそれを押し出していいのか、どこまで人の言うことをきくべきなのかわからなくなった。自分一人で、どうやったらいいのかわからなくなってしまいました。

 

どのようにして、その困難を乗り越えたのでしょうか?

 

今でも、それを完全に克服できたかどうかはわからないですけどね(笑)
でも、あの時、苦しくてもやめなかったことだけは良かったと思います。正解の道はわからなかったけど、でも、やめなかった。意地でもやっていたからこそ、今があるんだと思います。

 

なぜ、やめずに頑張ってこられたのですか?

 

正直、何度か「もうやめよう」と思うことがありました。でも、自分たちの歌に救われてきました。完成したときの達成感や、ファンの人たちの声はとても大きな力があるんです。
そして、ミユキが「絶対にやめるな」と言ったんです。それは、無責任な引き止め方ではあったんですけど、「ミユキがそこまで言うんだったら…」という感じで、なんとか持ちこたえられていました。もしあそこでミユキがもっと弱かったりしたら、本当に終わっていたのかもしれません。

 

ミユキさん自身も苦しい思いを抱いていたはずですが、どうしてあきらめずに続けられたのでしょう?

 

単純に、それが後悔するやめ方でしかないと思ったからです。自分たちがやりたいことに対して、大人になったらやりたくないこともやらないといけないときはあるじゃないですか。もし、自分のやりたいことをやり切ってやめるのであればそれはいいですけど、ハルカトミユキの状態はそういう状態にはなかった。だから、続けるという選択肢しかなかったんですよ。

 

やりたいことを続けるためには、かならずやりたくないことを乗り越えなければならない、と。

 

そして、ハルカのそのつらさをみて、自分も頑張らなきゃいけないと思いました。せっかく二人組なんだから、50・50でお互いを高めあえるような関係でありたい。そう思って、自分も作曲を始めたんです。そういう意識が芽生えた時に初めて、本当の意味で音楽にのめりこんでいけたんだと思います。

 

そういった正直な心が、曲にも表れているのですね。
ハルカトミユキの曲は、ただ「明るい」「暗い」という言葉だけでは語れない、複雑な感情が入り混じったものが多いです。

 

ミユキの言葉を聞いて詩を書いたりすることはないんですけど、根本的な感じ方や向いている方向が同じだから、音を通して二人の共通する思いが自然に出てきているのかなと思いますね。

 

ハルカトミユキはその名前の通り、どちらが欠けていても成り立たない。お二人の言葉から、改めてすてきなユニットだということを感じます。

 

クールな印象のハルカさん。スタジオにギターを持っていくのを忘れるなど意外におっちょこちょいな一面も

 

 

生きることは
暇つぶしを探すこと


 

ハルカトミユキのお二人は、どのようなモチベーションで音楽をやっているのでしょうか?ミユキさんはどうですか?

 

作曲は、音楽や映画、美術展などで感じた自分の感情を整理する場でもあります。そして自分のエッセンスを落とし込みながら、どのくらいみんなに受けいられる曲を作れるか。そういったところに、作曲のやりがいを感じています。

 

作るようになって音楽にのめりこんでいったというのは、そういうところなのですね。
ハルカさんはどうですか?以前、「他人や社会を変えようという気持ちで音楽はしていない」というお話をされていましたね。

 

元々はその言葉が近くて、自分自身が思っていることを吐き出すすべとして音楽をやっていた感じです。「面と向かって」とか「腹を割って」というのが苦手なタイプだったから、歌でこそ伝えられる言葉がありました。
だから、「誰かのために」というのは、やりたくなかったんです。私が中学生の時に感じたように、結果的に聴いている人たちが「自分の思ってることを代弁してくれてる」と勝手に思ってくれるのならうれしいな、と。

 

ここ数年でその考え方に変化があったのですか?

 

そうですね。何年も音楽活動をしていると、聴いてくれる人たちや求めてくれる人たちが増えた中で、「今、私が言えることってなんだろう」と考えたりするようになりました。今だからこそ、正直な気持ちで寄り添えるかもと思うこともあります。
今でも、誰かのためにうそをついたりしようとは思いません。だけど、「私たちの音楽を聴いたら、ちょっと心が落ち着くかもしれないですよ?」と、より多くの人たちに私たちの音楽を伝えたいという気持ちが強くなったように感じます。

 

ハルカトミユキの音楽に救われた人も多いことかと思います。音楽は政治のように直接的な力はないかもしれませんが、人の気持ちを変える力は間違いなくあると思うんです。

 

いつもニコニコのミユキさん。自分を過信しがちで、PV撮影の際に違うロケバスに乗り込んだり、カレー店と間違えてラーメン屋の行列に並んだりしたこともあるのだとか

 

それでは、「やる気が出ない」といった悩みを抱えている読者のみなさんに向けて、夢に向かって頑張るためのアドバイスをお願いします。

 

やりたいことなんて、無理に見つけようとする必要はないんじゃないですか?今は、コロナで行動が制限されていますけど、なにか自分から動いて見つけにいくことが大切だと思います。

 

行動することが大切、と。
ハルカさんはどうでしょう?

 

人生は死ぬことだけが決まっていて、他のことは何も決まっていないんです。その間に何もやらなかったら、ただの暇な人じゃないですか。だから、なんとか「暇つぶし」を見つけてみんなは生きていると思うんですよ。
学校を卒業したら、これからどうするかを考えるのはすべて自分。暇つぶしを探すように気楽な気持ちでやっていれば、それが生きがいになることだってあるし、それが職業につながることだってあると思うんです。

 

なるほど…。

 

自分の周りの人たちが、進路を決めるのが早かったりしたとしても気にする必要はないんです。だって、その人たちは超暇つぶしがうまいだけの人なんだから。自分が楽しいと思えることを自分のペースで探していたら、それが自然に進路や夢につながっているのではないでしょうか。

 

人生は暇つぶし。確かに、そのような考え方ができると、気持ちも楽になりますね。

 

 

そんなハルカトミユキさんに勇気づけられるファンも多いはず。最後に、今後の活動についてぜひ教えてください!

 

9月から11月にかけて毎月15日にライブを行う三ヶ月連続企画が決定しました! その第一弾は9月15日に新代田FEVERより生配信ライブを行います。 詳細はオフィシャルサイトなどよりご確認ください。

ハルカトミユキのYouTubeチャンネル登録はこちら

 

ありがとうございました!
これからのハルカトミユキの活躍を期待しています。

 

 

 

 


 

 

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この記事を書いた人

勝部晃多(かつべ・こうた)

やる気ラボの娯楽記事担当。23歳。ハウストラブルコラムやIT関連のニュースライターを経、2019年8月より現職。趣味はプロ野球・競馬観戦や温泉旅行、読書等と幅広いが、爺臭いといわれるのを気にしているらしい。性格は柴犬のように頑固で、好きな物事に対する嗅覚と執念は異常とも評されている。

 
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