仕事・働き方

【フルーツ/ソープカービング atelier SATO主宰・佐藤朋子さん】フルーツや石鹸を美しい彫刻に。「時間を忘れて没頭できる」カービングに魅せられて

2023.09.13

ナイフ一本で、フルーツや野菜、石鹸に繊細で美しい彫刻を施す「フルーツカービング」。佐藤朋子さんは、カービングの本場、タイに渡って技術を磨き、現在は京都と福井で教室を主宰しながらその奥深い技術と魅力を伝えています。「没頭したら、ご飯を食べるのも億劫になってしまう」という佐藤さんのカービング歴は、来年で20年目に突入。好きなことをライフワークにした転機や仕事の原動力について、お話を伺いました。

     


     

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佐藤 朋子(さとう・ともこ)

福井県出身、京都府在住。京都の大学で美術を学び、卒業後は東映の撮影所で大道具を担当。個人でも作品作りを続け、個展などを開催。2004年にフルーツカービングを知り本場タイに渡り技術を習得。帰国後、京都と福井にて「atelier SATO カービング教室」を開講。ミュージックビデオや月刊誌への作品提供、店舗やイベントでの展示や実演、出張講習なども行っている。

公式サイト:atelier SATO
Instagram:tomoko_sato
Twitter:佐藤朋子

     

  

     

完成後は食べられる!スピード感と素材選びもポイント


     

――カービングを施されたフルーツを最初に見た時は、あまりに芸術的でびっくりしました。最初に見た方はみなさん驚くんじゃないですか?

     

そうですね。特に、その場で彫る実演では、皆さんがもともと見慣れている果物や野菜がどんどん形を変えていくので、驚かれたり、楽しんでいただけますね。

     

――ライブでのデモンストレーションは盛り上がりそうですね! 

     

見てくださる方の反応はとても嬉しいです。とくにカービングに興味のない人たちのところまで届くような仕事は、すごくやりがいがあるなと思います。

     

     

(写真:本人提供)

     

――普段はどのような場所でカービングの活動をされているんですか?

     

福井と京都でカービングの教室を主宰しています。京都に住みつつ、月に2回、福井の教室に行っています。他には、企業や個人の方からの制作依頼や広告用の作品、イベントでの実演などをしています。家庭画報という月刊誌の目次ページを1年間担当させていただいたり、ミュージックビデオにも作品を提供しました。 

     

――作品によって制作にかかる時間は違うと思いますが、どのぐらいで完成するんでしょうか。

     

例えばバラを1個彫るだけなら、10分から15分でできます。複雑な模様だとその分時間がかかりますし、石鹸を使ったソープカービング作品では、何日もかける場合もあります。果物や野菜は、瑞々しいうちに彫り終えたいので時間をかけすぎないことも大切です。果物・野菜の作品は写真を撮ったり展示したりした後は美味しくいただいています。

     

――彫った後は食べることもできるんですね!  「こういう形を作ってほしい」という具体的なオファーもあるんですか?

     

例えば、家庭画報さんの目次ページを毎月担当させていただいた時は「その月の季節に合わせたもの」というテーマがありました。また、V6さんのミュージックビデオに携わらせていただいた時は、漫画「ワンピース」のアニメ版の主題歌だったこともあり、メンバーさんそれぞれに合わせて「何か不思議な力を秘めた果実」というイメージで制作しました。他にも、お客様へのギフト用に、と企業ブランドのロゴが入ったソープカービング作品を一度に100個以上作ったこともありましたね。いろいろなイメージをお聞きした上で、最終的なデザインは任せていただいけることがほとんどですね。

     

     

――これだけ繊細な模様を彫るのに、道具はナイフだけなんですか?

     

カービングはタイでは長い歴史がある伝統工芸で、小さなナイフ1本で彫るのが大きな特徴の一つなんです。

     

――タイではカービングが文化として根付いているんですか?

     

タイカービングはタイ王国伝統の細工文化に起源があって、もともとはお供えや捧げ物のための技術だったんです。それが民間にも伝わるようになって、今では趣味としても楽しむ人が増えているんです。

    

――材料費もかからず、初めての人でもチャレンジしやすそうですね。りんごなどだけでなく、メロンやスイカ、オレンジなど実の柔らかい果物もありますが、上手に彫るコツはありますか?

    

果物や野菜は素材の状態に作品の出来が左右されるので、素材選びのところからすごく気を遣います。例えば桃など、実が柔らかいものは彫ったとしてもあまりシャープな模様にはならないんです。だから、メロンとかスイカも食べ頃よりちょっと若いぐらいの硬いものを選ぶようにしています。とはいえ、彫ってみないとわからないことも多いので、材料の状態に合わせて臨機応変に彫りの深さを調節するなど工夫しています。

   

佐藤朋子さん関連画像
(写真:本人提供)

     

     

――初めて教室に来た方に教える上でどんなことを大切にしているんでしょうか。

   

教室での2時間をとにかく楽しく過ごしてもらうのが一番だと思っています。何かに没頭する時間ってすごく気持ちよかったり、楽しかったりすると思うんです。教室では私の見本を見ながら作っていただくのですが、「見本通りの形にならなくてもいいですよ」と常々お伝えしています。その方の好きなラインや形、大きさがあると思うので、それぞれの形で仕上がれば良いと思っています。

   

――バラや和柄や文字など、表現の幅が広くて面白いですよね。楽しみながら自分らしく表現できるのはいいですね!

   

初めての方でもできるようなものも色々あります。最初は簡単な模様から始めていただいて、回を重ねるごとに少しずつ難しい模様が出来るようになります。2時間あっという間だった、と言っていただいた時はすごく嬉しいですね。

   

「どれくらいの期間で上手になれますか?」と聞かれることがありますが、期間よりも、基本的には数をこなした方が上達は早いです。「バラ1個だけでも彫れるようになりたいんです」という方もいらっしゃいますが、自分なりのバラを彫れるようになるまでには、そんなに時間はかからないですよ。

   

――早速、カービング教室に参加してみたくなりました(笑)。佐藤さんは、どんなことから発想が湧いてくるんですか?

   

特に発想の源があるわけではなくて。「こういう模様にしたらどうかな?」とか、デザインのことは頭の隅っこで常に考えている感じです。

   

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青森県観光企画課公式「ねぶたりんご飴」(写真:本人提供)

      

      

      

「面白そう」を追及して、カービングの本場タイへ


     

――幼少期から、美術やものを作ることに興味があったんですか?

     

小さい頃から工作が好きで、小学校では粘土で動物を作ったり木を切ってオルゴールを作ったりする授業が楽しかったですね。絵を描くのも嫌いではなかったですが、それより何か作る方が好きでした。

     

――小さい頃の「好き」が今のお仕事にもつながっているのはすごいですね! その頃から、将来そういうお仕事につきたいと考えていたんですか?

     

小学校の時に卒業文集に「将来の夢」として書いたのは新聞記者だったんですよ(笑)。何かしら自分の仕事を持ちたいな、という漠然とした思いから、新聞記者が働く人の代表のように見えて、そう書いていただけなんですけれどね(笑)。

     

――プロフィールを見ると、京都の大学で美術を学んだのですね。

     

特にこれをやりたいという明確な目的はなくて、グラフィックデザインとかそういうことを学びたいというなんとなくのイメージがあっただけなんです。大学では作品作りの手法をはじめ、いろんなことを教えていただきましたが、作品に関しては基本的に何をやっても自由でした。そこで、自分なりの手法で勝手に木工をやり始めたらすごくしっくりきて、それからずっと今に至るまで木工作品の制作を続けています。卒業後は東京にある東映の撮影所に就職しまして、大道具の仕事をしていました。

     

――大道具は多忙な仕事ですよね。その中でご自身の作品作りもしていたんですか?

     

いえ、大道具の仕事は時間が不規則で大変だったので、その時はイラストを描くなど、趣味程度に楽しんでいたんです。ただ、段々ともっと作品制作がしたいという気持ちが強くなって、撮影所を退職して。その後はアルバイトをしながら貯めたお金で、年に1回個展を開催する生活を何年か続けていました。

     

――自分の作品作りができるようになったんですね。カービングを知ったのはその頃ですか?

     

作品を作って個展開催、という生活を続けている中で、結婚し再び京都に住むようになってしばらくしてからのことでした。たまたま雑誌でカービングを見て面白そうだなと思って調べてみたところ、大阪にカービングの先生がいらしたのでまずその先生に教えていただきました。習い始めてすぐ、その先生が「本場のタイで体験してみましょう」というツアーを企画されたので参加したんです。それが2004年ですね。

     

――ツアーはどうでしたか?

     

1週間ぐらいのバンコクツアーだったのですが、行く前から私はそのまま3カ月ほど向こうで滞在することを決めていたので、皆さんと一緒には帰国せず一人バンコクに残りました。滞在に関してあれこれ尽力してくださった大阪の先生には本当に感謝しています。

     

佐藤朋子さん関連画像
(写真:本人提供)

     

――そうなんですか! 初めて体験した時は、どんなところに面白さを感じたのですか?

     

私はもともと木工をやっていましたが、木工はいろいろな道具を使います。電動の糸のこぎりで板を切ってヤスリをかけるとなると音も粉塵も出るので、それなりの場所が必要だし、完成させるのには何日もかかります。一方、フルーツカービングは道具はナイフ1本、材料も身近なもので、数時間で完成です。この気軽さはちょっとした衝撃でしたね。「やりたい」と思ったときにすぐにできて、時間もそれほどかからない。作品が残らないところも面白いなと思いました。

     

――しっくりくるポイントがたくさんあったんですね。それにしても、一人だけバンコクに残るなんて行動力がありますね。

     

私はどちらかというと慎重派だと思うんですけど、その時はタイミングとか気分がうまく合ったみたいです。タイから戻ってからも1年に1回、2週間から1カ月ぐらいの短期でちょこちょこ勉強しに行っていました。

     

――今は、石鹸を使ったカービングの作品も発表されていますよね。

     

ソープカービングも同じナイフで彫るんです。フルーツよりも歴史的には浅いと聞いていますが、タイのお土産物でもソープカービングのお花などを売っていて目にする機会も多いと思います。私、毎年その年の干支を題材にしたソープカービング作品を彫っていたのですが、今年の卯年で完結しまして、十二支が揃ったんです。今年3月に開催した個展では、それら十二支をすべて展示し、たくさんの方に見ていただけました。

     

佐藤朋子さん関連画像
「波兎」(写真:本人提供)

     

     

「時間を忘れて没頭できる」が強みに


     

――佐藤さんにとって、カービングをすることで自分のどんな強みが生きていると思いますか?

     

「自分の強み」って、自分ではなかなかわからないもので、人に言われて初めて認識することはありますね。私の場合、単調な作業を長時間やることがあまり苦にならないことかもしれません。たとえば石鹸を彫っている時は、何時間もずっと同じ姿勢のまま続けてしまって、気持ち的にはまだいけるけど、首がバキバキになって体が先に無理になってしまうことがあります(笑)。

     

――えーっ! すごい集中力ですね。気づいたらあっという間に時間が経っている、という感じですか?

     

没頭する波に乗ってしまったら、座っている椅子から立ち上がることも面倒くさくなるし、放っておいたらご飯も抜いてずっとやってしまうので、自慢もおすすめもできることではないんですが(苦笑)。そういう風になれることは一つの強みでもあるのかなとは思います。

     

ハヌマーン(写真:本人提供)

     

――そこまで没頭できるのは素晴らしいですよね。一つのことに対して妥協せずに最後までやり抜くことは、意外と難しい気がします。

     

そこまで興味がないことに対しては妥協しちゃうこともいっぱいありますよ。作品制作の時は、妥協しないというよりは納得できるまでやるということなのかなと思います。ただ、やり過ぎても良くないのでベストのタイミングで終わるようには気をつけています。  

――教室をスタートしたのも、何かそういうきっかけや「楽しそうだな」という予感みたいなものがあったんですか?

     

教室は流れでやることになった感じです。タイに勉強しに行ったのは、何かしら、自分の作品作りに活かせることがあるかな?というくらいの気持ちからだったんです。ただ、せっかく面白い技術を身につけたので、帰国後すぐに福井でフルーツカービングの個展を開催しました。そうしたら、予想以上にたくさんの方が見にきてくださって、「自分もやってみたい」という声もけっこうあって。

     

それで、その個展が終わってから一回だけのつもりで体験教室を開催したらすぐに満席になったんです。体験終了後には「続けてやりたい」という方が何人かいらしたので、「じゃあ教室しましょうか」と、リクエストに応える形で教室という形になっていきました。

     

――そこから自然と人が集まって、京都と福井の2都市での教室に発展していった感じだったんですね。

 

福井でまず教室を始めてその3年後に京都の方でも始めたのですが、最初は教室をやっていることを伝える手段がなかなかなくて、思うように人が集まらない時期もありました。今は京都と福井、合わせて60人から70人ぐらいの方が通ってくださっています。

     

佐藤朋子さん関連画像
教室作品展・秋(写真:本人提供)

     

     

     

「向いていない」仕事を知ることも大切な経験


     

今後チャレンジしたいことや、新しい展開として考えていることはありますか?

    

教室はなるべく長く続けたいと思っています。何年も通ってくださっている生徒さんは細かい模様や難しい模様も彫れるようになるんですが、年を重ねると目が見えにくくなることもあるので、「難しい模様ができるようになる」ということだけではなく、シンプルな模様を楽しめるようなカリキュラムや展開も考えています。これは長くやってきた中で見えてきた需要でもありますね。

    

自身の活動としては、木工もカービングも自分の中では繋がっているものなので、両方を行ったり来たり組み合わせたり、また別のものを取り入れたりしながら、自分なりの世界観を表現していけたらと思っています。

    

教室作品展・夏(写真:本人提供)

     

――好きなことをライフワークにしていくためにどんなことが大切だと思いますか? ご経験からアドバイスをいただけたら嬉しいです!

     

私の場合、学生時代や若い頃にアルバイトなどを経験する中で、「この仕事は自分には全然合わない」ということもいくつかあったんです。レストランや喫茶店の接客は割と出来るなと思いましたが、帳簿をつけたりなど、事務仕事は不得意だったようで続けられませんでした。石鹸を彫るんだったら何時間でも座っていられるんですけどね(苦笑)。教室を始める時も、やれるという確信があったわけではないのですが、体験教室がストレスなく出来たこと、周りから求められたことが教室開講へ踏み出す大きな一歩になりました。

     

あと、作品に関しては「技術もデザインも、一目で私の作品だと分かるような個性が出たもの」という意識を持って制作してきたことが、仕事にも繋がったのではないかと思います。

     

「やりたいことを見つけよう」とか「好きなことを仕事にしなきゃ」と考えるとプレッシャーになると思うのですが、「やってみたら意外にできた」ということもあるので、好きってほどじゃなくてもストレスなくやれることや、続けられることから見つけてみると、自分の幅が広がるきっかけになるのではないでしょうか。あと、向いていないことを知ることも大切な経験だと思います。

     

――まずは「自分を知る」ことからですね。 これからも、新しい作品を楽しみにしています。本日はありがとうございました!

     

    

    

     

 


 

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この記事を編集した人

ナカジマ ケイ

スポーツや文化人を中心に、国内外で取材をしてコラムなどを執筆。趣味は映画鑑賞とハーレーと盆栽。旅を通じて地域文化に触れるのが好きです。

 
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