やる気の出るモノとコト

【やる気が出てくる世界の言葉】「こんなものだと思うなら、そんなものにしかなれない」あきらめずに頑張るための名言

2019.08.15

親子で学びたい。我が子に伝えたい。そんな気持ちになれる、やる気が出てくる世界の言葉。歴史上の偉人や名著からピックアップ。その言葉はどうして出てきたのか、お伝えしていきます。
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何か新しいことにチャレンジしたとして、少しの努力ですぐに結果が出るほど、世の中は甘くはないかと思います。

 

お子さんが自分なりに頑張っていても、壁にぶつかったり、失敗してしまったりと、苦しい思いをすることはあるでしょう。

 

そこで、あきらめてしまうのか、ねばりづよく取り組むのか。もちろん無理は禁物ですが、親としてはできるかぎりチャレンジし続けて欲しいと思うものです。

 

今回は、お子さんが「あきらめずに頑張れる」きっかけになる。そんな、やる気になれる名言です。

 
 
 

When thinking I’m such man by myself, it’s accustomed to only only that man.

自分でこんな人間だと思うなら、そんな人間にしかなれない。

ヘレン・ケラー

 
 
 

どんな人が言ったのか?

 

三重苦の偉人、ヘレン・ケラーの言葉です。

 
ヘレン・ケラー
 

ヘレン・ケラーは1880年6月27日にアメリカ南部、アラバマ州の小さな町で生まれました。両親とも南部の名家の出身で、編集者だった父は南北戦争では南軍の大尉を務め、後妻となった母は南軍の准将の娘で、ヘレンは異母兄が2人、実妹が1人の6人家族の中で育ちました。

 

1882年、1歳半の時にヘレンは猩紅熱(しょうこうねつ)にかかりました。その合併症の髄膜炎で一命はとりとめたものの、聴力と視力とを失ったために、話すことも難しくなりました。

 

1886年、ヘレンの母は「そんな娘をどうにかできないか」という一心で、もと視覚障害者のアン・サリヴァンに家庭教師を依頼することにしました。

 
ヘレン・ケラー(左)とアン・サリヴァン
 

1887年3月、サリヴァンがヘレン宅に到着。ヘレンがもうすぐ7歳、サリヴァンもまた22歳になろうかというタイミングです。ここからヘレンとサリヴァンの49年の付き合いが始まります。

 

サリヴァンはそのころから、ヘレンが頭脳明晰で「適切な教育がなされれば開花するだろう」と気づいていたそうです。

 

サリヴァンは早速、身の回りのものの単語のつづりをヘレンの手のひらに根気強く書くことで、言葉を教えていきました。その後の3ヶ月で、ヘレンは300もの言葉を覚えたと言われています。

 

水道の蛇口から流れる水にふれて、初めて正しく「水」というものを認識した衝撃に打たれて「Wa… Water!」と声を発した――という有名な場面はこの頃のものです。

 

頑固だったヘレンはこれを機に、サリヴァンの指導を素直に受け入れるようになり、勉学面でも著しく成長していきました。

 

やがて盲学校に断続的に通い始めたヘレンは、話したいという熱意でボストンの聾学校の校長から発声法も学び始め、自分には聴こえないながらも文章を発音できるようになりました。

 

その後、2年間にわたりニューヨークの聾学校でブラッシュアップに努めました。この時にはわずか数ヶ月の学びでドイツ語も判るようになったといいます。

 

それからヘレンはラドクリフ女子大学(現ハーバード大学)進学を希望します。

 

ただ、ここではつまずきがありました。進学準備のために16歳でケンブリッジ女学院に入学しますが、サリヴァンが校長と教育方針で対立したことで、1年で退学したのです。

 

しかし、それであきらめはしませんでした。3年間の準備期間を経て、1900年10月に20歳で入学を果たします。猛勉強にうちこむヘレンは、点字を読む指先に血がにじむほどだったそうです。

 

ヘレンは極めて優秀な成績で同大学を卒業、視聴覚障害者としては初の、人文社会科学系の学士号、バチェラー・オブ・アーツの学位を取得しました。それを祝して、卒業年の1904年には「ヘレン・ケラーデイ」が設けられ、講演会が開催されました。

 
来日時の写真
 

自分の使命は障害者の救済だと自覚したヘレンはその後、多数の著書を執筆。また、米国内を講演して周り、それをきっかけに視聴覚障害者のための施設や事業が多数生まれました。

 
 
 

子どものやる気にどんな影響が?

 

聴力と視力を失っても「話す!」という行為をマスターしたヘレン。「自分でこんな人間だと思ってしまえば、それだけの人間にしかなれない」。三重苦の生い立ちにも関わらず、自分の努力によってあらゆる困難を乗り越えていったヘレンだからこその言葉です。

 

彼女のすさまじい努力を前にすると、――もちろん本当に無理ならば無理は禁物ですが――うまくいかなくて諦めようとしてしまったときに「いや、本当に頑張りつくしたか? もっとできるんじゃないか?」と思わされます。

 

もちろん、お子さんが頑張り続けるためには、保護者の影響はけっして小さくはありません。ヘレンのバックにも、常に両親の愛、そして二人三脚で支え続けてくれたサリヴァンの愛、献身がありました。

 

「安心できる心の拠り所があるから、安心感で満たされているから、新しいことに挑戦できる、困難に立ち向かえる」というのは、1982年にアメリカの心理学者メアリー・エインスワースが提唱した概念ですが、ヘレンの場合もそうだったと言えるのではないでしょうか。

 

私達親も、子どもが安心して困難を乗り越えていけるように、できる限りのサポートをしていきたいものですね。

 

参考文献

奇跡の人 ヘレン・ケラー自伝 (新潮文庫)

ヘレン ケラー 著

小倉 慶郎 訳

 
 

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この記事を書いた人

天久 美海(あめく みう)

中学受験にて私立女子中高一貫校に入学、6年間を過ごす。
大学受験にて医療系学部に進学、在学中は勉学の傍、家庭教師として小学生から中学生までの多数を指導。
海外旅行を好み、卒後、数年働いて後にはカナダに半年留学。
医療系に長らく従事し、現在は、医療、教育、語学ジャンルの執筆を主としたワークスタイル。
個性が全く違う、それぞれ可愛い二人の小学生のママでもある。
悩みをさらっとでも打ち明けられる親以外の大人がいた事で救われた過去から、自身も誰かのそういう大人になることを心に誓い、細々ながら活動中でもある。

 
 

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